このページは破産手続における、否認行為の類型①として、詐害行為(財産処分等)否認について説明をしているページです。

類型の整理としたうえで、要件を整理し、裁判例を紹介しています。

1 詐害行為(財産処分等)(破産法160条、161条)の整理

詐害行為(財産処分行為)の否認は以下のように整理及びその具体例できます。

詐害行為の内容破産法の条文典型例
相当の対価での処分161条相当の対価で売却した不動産の、売却代金の隠匿(買主が隠匿の意思を知っていること)
詐害行為(低額譲渡)
・過大弁済(※)
160条1項1号 160条2項

・支払停止後は
160条1項2号・166条 160条2項
・破産者が詐害意思をもって財産の低額処分した場合
支払停止後の財産の低額譲渡(申立前1年以内の行為)
無償行為160条3項支払停止6ヵ月前以降に行った贈与。

(※)過大弁済は、「消滅した債務の額に相当する部分以外の部分に限り」否認できます。

2 詐害行為否認の要件

⑴ 要件の整理(上の表に対応しています)

詐害行為の内容要件:( )は、受益者・債権者の側で、そうでなかったことの立証責任を負うものです。
相当の対価での処分・ 破産者が破産債権者を害する処分をするおそれを現に生じさせるものであること。
・ 破産者が隠匿等の意思を有していること。
相手方が破産者の隠匿の意思につき悪意であること
  (相手方が破産会社の役員等である場合には、悪意が推定され、立証責任が転換されています(破産法161条2項、162条2項1号))
詐害行為(低額譲渡)
・過大弁済
・破産者の詐害意思
・(受益者の悪意)

支払停止後は以下の要件となります。
・(受益者の支払停止等及び害することについての悪意)
申立前1年を超えない時期の行為であること
無償行為支払停止等前6ヵ月以内の行為であること

⑵ 支払停止について

上記の類型のうち、詐害行為及び無償行為否認については「支払停止」が要件とされています。

支払停止」とは支払不全を外部に表示する債務者の行為であり(最判S60.2.14など)、債務者が支払を停止したときは支払不能にあるものと推定されます(破産法15条2項)。詐害行為否認では支払停止後か否かで、要件が異なりますので、支払停止の意義は重要です。

支払停止についての裁判例については、以下のリンク先をご参照下さい。

⑶ 補足1:受益者等の悪意について

多くの否認は、受益者等が悪意であることが要件とされています。
この点は、より熱心に情報を収集した債権者が悪意となり保護されず、努力をしなかった債権者が善意として保護されることになりバランスを欠くという指摘もああります。しかし、債権者の予測可能性を保護するという趣旨からはやむを得ないものと考えられます。
参考になる事例として、同一の会社更生事件について、金融機関の行動によって善意・悪意の結論が異なった裁判例がありますので、参考までにご照会致します。

京都地判S58.7.18受益者が善意であるとして否認を認めませんでした。
「被告金庫は、本件買戻しがなされた7月10日又は同月20日当時、更生会社が倒産寸前であることを知らなかったし、本件買戻しによって、他の債権者らを害することを知らなかった。そのことは、次のことから明らかである。・・・・」
京都地判S58.5.27受益者が悪意であるとして否認を認めました。
「・・・右認定の事実によると、被告はAの倒産を契機として、更生会社甲社の経営に危惧を感じて、更生債権者を害することを知りながら、急拠銀行取引約定書所定の条項を発動して本件各約束手形の買戻し及び本件借入金の弁済を受けたものではないかとの疑念が生ずる」
京都地判S57.6.24受益者が悪意であるとして否認を認めました。
「・・・これらの点を考慮すると、被告が更生会社に対し危機意識を有していたことが推認され、むしろ被告は高度の調査能力によって更生会社が他への資金流出を粉飾して隠蔽していたとはいえ、他の一部銀行と同様、・・・の相次ぐ連鎖倒産の流れを知り、更生会社もその影響を受けるであろうことをいち早く察知しながら、本件手形の買戻を要求して買戻をさせたものと推認することができる。」

⑷補足2:否認の要件を満たさない場合でも会社法484条3項に基づく請求が認められます。

会社法484条3項は、会社解散後、清算株式会社が債権者に支払い、又は株主に分配したものがあるときは、破産管財人は、これを取り戻すことができると定めます。否認の要件に似ていますが、この条文と否認の要件は必ずしも重なりません。否認が認められない場合でも、会社法484条3項による取戻権は認められるとされています(福岡高裁那覇支判R2.2.27)。もっとも、会社解散後時間をおいて破産手続開始決定に至ることはほどんとないため、問題になることはほとんどありません。

福岡高裁那覇支判R2.2.27 破産法による否認権行使が認められない支払等や、清算会社が支払不能にないときにされた支払等であっても、破産管財人による会社法484条3項の取戻権行使は権利濫用には当たらないとした裁判例

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有限会社甲の破産管財人Xが、破産手続が開始される前の清算手続中に甲からYに支払われた金員について、破産法160条1項1号、2号又は同条3項に基づき否認権を行使し、あるいは会社法484条3項に基づき取り戻すことができるとして、Yに対し、破産法上の否認権又は会社法484条3項の取戻権に基づき(選択的併合)、返金を求めた事案について否認権行使は否定しつつ、以下のように説示して会社法484条3項に基づく取戻権を認めました。
「Yは、会社法484条3項の取戻権の要件を上記のように解した場合、清算手続中にされた支払等の相手方の取引の安全を害し、取戻権と趣旨・目的を同じくする破産法上の否認権が取引の安全等に配慮した要件を定めていることを反故にする旨主張する。
 取戻権と類似の機能を有する否認権について、取引の安全への配慮から行為の相手方の主観的要件等が定められていることはY指摘のとおりである。しかしながら、取戻権は、上記説示のとおり、債権者が債権全額の支払を受けることを前提とする清算手続中にされた支払等によって破産債権者間の公平が害されることを防ぐという独自の趣旨・目的から、当該支払等について特別にその取戻権を定めたものであり、否認権とは別個独立の権利であるから、取戻権に否認権における規律を及ぼすことが直ちに求められるわけではない。そして、取戻権は、上記のとおり債権者等が清算手続の中で支払等を受けたものの、清算手続が結了する前に清算会社の破産手続開始決定がされるという限定された場合においてのみ行使し得るものであり、取戻権を行使し得る時期等を画する清算手続の開始・結了や破産手続開始決定は、登記によって公示され、支払等の相手方において認識し得る。そうすると、相手方の主観等を問わず、これを行使できるとしても、取引の安全への影響は限定的なものであり、それが著しく不当であるということはできない。」

3 詐害行為否認に関する特徴的な裁判例

⑴ 事業譲渡に関する裁判例

東京地決H22.11.30(破産):事業譲渡に対する否認につき価格賠償を認めた裁判例

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甲社(破産者)は、平成21年2月、Y社に多くの資産等につき事業譲渡をし、かつ、甲社の取引債務について、Yが重畳的債務引受を行ったのち、同月中に手形不渡りをだし、平成22年1月破産手続開始決定がされてXが破産管財人に選任されました。Xは、当該事業譲渡に対して否認権を行使し、Yに対して否認請求を申立てたところ、本決定は以下のとおり説示し、請求が認容されたました。
「・・・以上の事実からすると、本件事業譲渡当時甲社は支払不能の状態にあったものと認められるところ、本件事業譲渡は、・・・甲社の責任財産の引き当てが減少することになることからすれば、破産債権者を害する行為に該当し、甲社はそのことについての認識があったというべきである。また、本件事業譲渡当時甲社の代表者とYの代表者は同一人であったことからすれば、Yについても、破産債権者の詐害意思があったものと認められる。したがって、本件事業譲渡は詐害行為として、Xによる否認権行使の対象となる。・・・・本件事業譲渡によって甲社からYに移転したことが明確な別紙1物件目録記載の物件については原則どおり原状回復によるべきところ、その余の部分はもはや回復すべき財産の特定が困難であるから、価額償還請求によるべきことになる。その価額は、・・・が相当である。
この点について、Yは、もともと甲社の負っていた債務を弁済しているため価額もその分減少するなどと主張するが、理論的には、否認権の行使は破産財団とYとの間で相対的に効力を生じさせるものにすぎず、その物権的効力により資産と負債が破産財団のもとに復帰することになること、実際上も、仮に負債を弁済したことで価額が減るとすれば、Yに対する債権者については実質的な債権の満足を得ることができることに比して甲社に対する債権者については債権の満足を得ることができないことから否認権の行使を認めた実質的意義(逸出した甲社の一般財産を原状に回復させ、破産債権者に対する弁済原資を確保する目的)が失われることになることからすれば、採用することができない。」

大阪地判H30.5.21事業譲渡に対する否認(無償行為否認)につき価格賠償を認めた裁判例(大阪高判H30.12.20で控訴棄却)

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甲社らの管財人Xが、甲社の破産開始決定前のYに対する事業譲渡につき否認権を行使し、また価格賠償における価格の決定方法につき、事業譲渡について、価格の算定を行使時説としつつ、譲渡時の譲渡対象が変動していない前提の価格を算定すべきと主張しました。本判決は以下の説示し、Xの主張を概ね認めました。
甲社らは、Yに対し、同月1日(注:平成27年4月1日)、経済的な対価を得ることなく、本件各対象店舗との取引に係る事業を譲渡したものと認められる。よって、本件甲社らとYとの間で本件各事業譲渡がされ、これが破産法160条3項にいう「無償行為」に該当するとの原告らの主張は理由がある。
「価額償還請求権における価額の算定の基準時価額償還請求権における価額の算定の基準時は、否認権行使の時と解するのが相当であり(最高裁昭和42年6月22日第一小法廷判決・集民87号1111頁参照)、否認権行使の時とは、第1事件訴状がYに送達された平成28年1月21日となるから、同日の時点における本件各対象店舗に係る事業の時価をもって価額償還額とするのが相当である。・・・当裁判所が選任したA鑑定人は、概要以下のとおりの理由により、甲1の本件対象店舗1に係る事業の平成27年4月1日時点の事業価値を1523万円、甲2の本件対象店舗2に係る事業の同日時点の事業価値を183万円と算定した。・・・もっとも、価額償還の額については、否認権行使の時の時価と解するのが相当であり、本件における否認権行使の時とは、本件訴状が被告に送達された平成28年1月21日であるから、同日時点におけるパチンコ店向け卸売事業の時価をもって価額償還の額とするのが相当であるところ、前記判示したとおり、収益力が毎年2割ずつ劣化するものと考えると、同日時点の事業価値は、平成27年4月1日時点の事業の価値よりもなお劣化するものとならざるを得ない。・・・同年1月21日時点における甲1の本件対象店舗1に係る事業の価値は1234万円、甲2の本件対象店舗2に係る事業の価値は148万円と認めるのが相当である」

東京高判R1.9.19 管財人の主張する営業譲渡を認めず、また代物弁済の主張を認めなかった事例

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破産者甲の管財人Xが、営業権譲渡契約書の作成等に基づく甲のXに対する営業譲渡が、破産法160条1項1号にいう「破産債権者を害する行為」として同条号に基づく否認の対象となると主張して、XがYに対して否認請求を行い、Xの請求が認められたためYが異議を出したのが本件です。本判決は以下のように説示し、Xの請求を認めませんでした。
「営業譲渡とは、一定の営業目的のために組織化され、有機的一体として機能する財産(得意先関係等の経済的価値のある事実関係を含む。)の全部又は重要な一部を譲渡し、これによって、譲渡会社がその財産によって営んでいた営業的活動の全部又は一部を譲受人に受け継がせ、譲渡会社がその譲渡の限度に応じて、法律上当然に平成17年法律第87号による改正前の商法25条ないし現在の会社法21条に定める競業避止義務を負う結果を伴うものをいうものと解される(最高裁昭和36年(オ)第1378号同40年9月22日大法廷判決・民集19巻6号1600頁参照)。・・・以上のとおりであり、本件においては、Yが、優良顧客の在庫を選定したとか、あるいは、優良顧客を担当する従業員を選別したという事実がそもそも認められず・・・、営業担当従業員と取引先との関係も必ずしも強固かつ継続的なものとはいえず・・・、本件従業員移籍も、経営状態の悪化した会社から同業他社への従業員の移転という性格のものであることを超えて、移籍した従業員の関係などから有機的一体として機能する財産の移転といった評価をすることもできず・・・、デザインに関する権利や、取引先との独占的あるいは長期継続的な契約関係などが破産者から原告に譲渡されたこともうかがわれず・・・、そのほか、営業譲渡があったことをうかがわせる事情もないことからすると・・・、本件従業員移籍、本件売却及び本件営業譲渡契約書の作成を一連のものとしてみて、営業譲渡があったということはできず、そうである以上、破産法160条1項1号のいう「破産債権者を害する行為」があったと認めることはできない。

(参考裁判例)東京高裁H26.1.23 破産会社とアドバイザリー契約を締結していた被告の助言により廉価で事業譲渡したことにより破産会社が損害を被ったとする、破産管財人の損害賠償請求が認められなかった事例

裁判例を確認する
破産会社甲社は、Yとの間で甲の事業譲渡に関する事項等に関する事務処理及び助言等をする旨のアドバイザリー契約を締結した上、Yの提案ないし助言を受けて、甲の子会社に対し、破産会社の本業に係る資産等を譲渡する事業譲渡を行ったところ、甲の破産管財人Xが、Yが〈1〉破産会社の財務を悪化させ、又は破産会社に損害を与える内容の助言等をしてはならないという債務ないし注意義務、〈2〉法令を遵守し適法かつ有効な行為を助言すべき債務ないし注意義務に違反したとして、債務不履行又は不法行為による損害賠償請求をしたのが本件です。本判決は以下のように説示して、Xの請求を認めませんでした。
甲が、本件事業譲渡をしたことにより、・・・の資産を喪失して、同額の損害・・・を被ったとみることができるとしても、その損害は、甲が自らの意思と行為によって生じさせたものというべきであり、甲が本件事業譲渡をしたのがYの提案ないし助言によるものであったにしても、・・・損害とYの行為との間に相当因果関係があるとは認められないというべきである・・・。」

⑵ 会社分割に対する否認が認められた裁判例

福岡地裁H21.11.27(破産)分割会社の破産管財人による新設分割に対する破産法160条1項に基づく詐害行為否認の主張を認め、168条4項により価格償還を命じました。
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破産者甲社の破産管財人であるYが、甲の行った新設分割により設立されたXに対し、同新設分割が160条1項1号に当たるとして、否認の請求を申し立て、法168条4項に基づき、価格償還等を求めたところ、破産裁判所がこれを全部認容する決定をしました。Xが、当該決定に対し取消し等を求めて提訴しましたが、本判決は、以下のように判示し請求を棄却しました。
本件新設分割が詐害行為に当たるか
「法160条1項1号にいう「破産債権者を害する」とは債権者の共同担保が減少して債権者が満足を得られなくなることをいうものと解するのが相当である(最高裁昭和40年7月8日第一小法廷判決・裁判集民事79号703頁参照)。 本件では、前記認定のとおり、甲社は、本件新設分割時、債務超過であったにもかかわらず、本件新設分割により、その資産のすべてをXに承継させており、債権者の共同担保となるべき資産はほぼ皆無の状態になっていた。他方、甲社は、本件新設分割により、その債務の一部をXに承継させているものの、同時に、上記債務につき、重畳的債務引受けをしているため、本件新設分割前後において、その債務総額は変動していない。このように、甲社は、本件新設分割により、既存の資産及び債務のうち、その資産のみ逸失させたのであり、このことからすれば、債権者の共同担保が減少して債権者が満足を得られなくなったものであることは明らかである
また、前記認定のとおり、甲社代表者は、本件新設分割により、甲社がその資産すべてを失うこと、これにより、非承継債権者が弁済を受けることができなくなることを知りながら、本件新設分割を行ったものであることは明らかであり、破産者の故意についてもこれを認定することができるから、本件新設分割は詐害行為に当たるというべきである。 」
新設分割について否認権を行使できるか
「破産法と会社法は、それぞれ異なる分野を律する立法であって、必ずしも一般法特別法の関係に立つものではないところ、破産法においても、会社法においても、否認の対象となる行為から会社分割を除外する規定はなく、その他これらを調整する旨の規定も置かれていないことからすれば、破産法上、否認の対象となる行為から会社分割を除外すべき根拠はなく、新設分割について会社法上の無効原因があるかどうかや、また、会社分割が相当かどうかといった点によって、否認権行使の可否が左右されるものでもないというべきである
そうすると、本件新設分割の会社法上の無効原因の有無や相当性といった点について判断するまでもなく、前記2において判断したとおり、本件新設分割については、否認権を行使し得るものと認められる。
・・・Xは、会社法は、会社分割の効力を争うには、会社分割無効の訴えによらなければならないと定めており(会社法828条1項10号)、会社分割の無効について、期間制限等厳格な要件の下に、組織法的、画一的処理を予定しているのであって、破産法の否認の規定は適用されない等と主張する。
  しかしながら、破産法に定められている否認権行使の要件は、会社分割の無効原因とは必ずしも一致するものではなく、また、その効果は、対象となっている行為による財産権の移転を当事者間において相対的に否定するにとどまり、会社の組織法的側面に影響するものではないのであって、上記会社法の規定の存在をもって、直ちに、新設分割について否認権行使が許されないと解することはできない。」        
価額償還請求において控除されるべき財団債権の有無
「破産管財人は、法160条1項に規定する行為を否認しようとするときは、破産財団に復すべき財産の返還に代えて、相手方に対し、当該財産の価額から法168条1項ないし3項までの規定により財団債権となる額を控除した額の償還を請求することができ(法168条4項)、本件の場合、前記認定事実記載のとおり、Xは、本件新設分割により、甲社から1億2997万1786円を超える価額の資産を承継しており、これから控除すべき財団債権は見当たらないから、Yは、Xに対し、少なくとも1億2997万1786円の償還請求権を有するというべきである。
・・・なお、本件新設分割においては、分割対価として、Xから甲社に対して、本件株式が割当交付されており、これは、法168条の『反対給付』に当たるといえる。しかし、甲社は、本件新設分割直後、本件株式をX代表者に1円で譲渡しており、仮に本件株式に価値があったとすれば、これは、非承継債権者を害する処分に当たり、当事者がその認識を有していたことも明らかであるから、法168条2項の『当該行為の当時、破産者が対価として取得した財産について隠匿等の処分をする意思を有し、かつ、相手方が破産者がその意思を有していたことを知っていたとき』に当たるというべきである。その結果、破産財団中に反対給付によって生じた利益が現存する場合のみ、当該現存利益の返還請求権が財団債権となり得るが(同項1号及び3号)、現存利益が存在するとは認められない。」
福岡地裁H22.9.30(破産)分割会社の破産管財人による新設分割に対する破産法160条1項または161条1項に基づく否認の主張を認め、新設会社への不動産移転登記に対して否認の登記を認めました。
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「株式会社甲の破産管財人Xらが、甲の会社分割により新設されたYに対し、会社分割による土地の所有権移転行為に対し否認権を行使して、土地についてなされた所有権移転登記の否認の登記手続をすることを求めたところ、本判決は以下のとおり判示してXの請求を認容しました。
会社分割を原因とする本件土地の所有権移転行為ないし本件会社分割に対する否認権行使の可否について
「破産法160条、161条が定める否認権の制度は、破産手続開始前の債権者による財産の隠匿ないし処分など一般財産を減少させる行為(詐害行為)の効力を破産手続上否認し、処分ないし隠匿された財産を回復することを目的とする制度である。一方、会社分割とは、株式会社等がその事業に関して有する権利義務の全部または一部を他の会社や分割により設立する会社に承継させることをいい(会社法2条29号及び30号参照)、分割会社の権利義務の全部または一部を承継会社や設立会社に包括的に移転する行為である。もっとも、その実質は、個別財産の移転を要素とし、分割会社の一般財産を減少させる行為である。
そうすると、会社分割による個々の財産移転行為は、その性質上、否認権行使の対象となるものと解すべきである。そして、破産法と会社法がいわゆる一般法・特別法の関係になく、両法にその適用関係について定める規定が存在しないことからすれば、会社分割による個々の財産移転行為を破産法上の否認の対象から除外する根拠はないというべきである。このように解することは、会社分割において保護手続を与えられておらず(会社法789条1項2号、810条1項2号参照)、それゆえ会社分割無効の訴えの原告適格を有しない(会社法828条2項9号及び10号参照)分割会社の債権者の保護にも資するものである。」
詐害行為否認の可否について
「前記認定事実のとおり、甲社は、・・・実質的には債務超過状態にあったこと、・・・、甲社は、債務超過状態にあるにもかかわらず、本件会社分割により、担保権が設定されていない本件土地をYに承継させている。他方で、甲社は、本件会社分割により債務の一部をYに承継させているものの、同債務について重畳的債務引受をしていることから、甲社の負債額は本件会社分割以前のままであり、甲社は、負債額に変動がないにもかかわらず担保権が設定されていない本件土地を移転していることが認められる。そして、Yの資本金が100万円とされていること、本件会社分割後にYの全株式20株が100万で譲渡されていることからすれば、分割の対価として甲社に交付されたYの全株式20株は、100万円程度の価値しかなかったことが認められ、これが本件土地の価格・・・よりも低いことは明らかである。
そうすると、本件会社分割によって本件土地の所有権がYに移転されたことにより、甲社の債権者の共同担保が減少し、債権者が自己の有する債権について弁済を受けることが困難になったといえるから、本件会社分割による本件土地の所有権の移転は『破産債権者を害する』行為に当たる。そして、・・・甲社はYの全株式が本件土地の価格よりも低いことについても認識していたことが認められる。そうすると、甲社において本件会社分割による本件土地の所有権の移転が破産債権者を害することを知っていたことは明らかである。
したがって、Xらは、破産法160条1項により、本件会社分割による本件土地の所有権の移転を詐害行為として否認することができる。」
相当な対価を得てした財産の処分行為の否認の可否について
「仮に、甲社が重畳的債務引受をしたことを形式的に捉え、実質的には甲社の純資産に変動がないと評価することができたとしても(この場合、Yの設立時発行株式20株が分割対価として交付されたことをもって、甲社は相当な対価を取得したものといえる。)債務超過状態にある甲社・・・が、本件土地を、流出しやすく、保全、財産評価、適正な価格での換価などに著しい困難を伴う株式に変更することをもって、破産債権者を害する処分をするおそれを現に生じさせるものといえ、かつ、前記認定事実のとおり、甲社が、本件会社分割の5日後に、Yの全株式を甲社の代表者の妻であるY代表者に100万円で譲渡していることからすれば、本件会社分割の当時、甲社において破産債権者を害する処分をする意思を有していたこと、及び、Yにおいて甲社が上記意思を有していたことを知っていたことのいずれをも認めることができるから、Xらは、破産法161条1項により、本件会社分割による本件土地の所有権の移転を否認することができる。」
東京地裁H24.1.26(破産)(控訴されたましたが、控訴棄却)分割会社の破産管財人による新設分割に対する破産法160条1項に基づく否認及び、当該会社分割をコンサルしたコンサルタント会社に支払われた報酬に対する転得者に対する否認(170条1項)を認めました。
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破産管財人Xが、破産会社甲の行った会社分割(新設分割)によって設立された被告Y1に対し、同会社分割自体が破産会社の債権者を害する行為であり、破産法160条1項1号に当たるとして、否認権を行使し、同法168条4項に基づき、資産相当額の価格償還等を求めるとともに、破産会社甲とのコンサルタント業務委託契約に基づき会社分割を企画立案、実施等に関する助言、指導等を行い、甲からY1に引き継がれた仮払金の中からその報酬を受け取った被告Y2に対し、同社が転得者(破産法170条1項1号)に当たるとして、同じく否認権を行使し報酬相当額等の支払を求めて提訴しました。本判決は、以下のように説示して、Xの請求を概ね認めました。
Y1に対する請求について
破産法160条、161条が定める否認権の制度は、破産手続開始前の債権者による財産の隠匿ないし処分など、一般財産を減少させる行為(詐害行為)の効力を破産手続上否認し、処分ないし隠匿された財産を回復することを目的とするものであり、会社分割とは、会社の営業の全部又は一部を他の会社や分割により設立する会社に承継させる組織上の行為をいうが、分割会社の権利義務の全部又は一部を承継会社や設立会社に包括的に移転する行為である。すなわち、会社分割(新設分割)は、会社間で財産を移転することを要素としており、債務者たる分割会社の一般財産を減少させうる行為であって、その意味において、上記否認権の対象となると解するべきである。・・・以上によれば、本件会社分割には詐害性があり、被告Y1は本件会社分割の内容を熟知しており悪意であるといえるから、破産法160条1項1号の『破産債権者を害することを知ってした行為』といえるというべきである。・・・」として、価格賠償を認めた。
Y2に対する請求について
「本件会社分割は、詐害性の認められる行為であり、否認権の対象となるものであるところ、・・・被告Y2は、破産会社との間において、本件会社分割における分割計画の企画立案、本件会社分割実施に向けてのスケジュールの策定及び管理、本件会社分割に必要となる手続の教示等の助言、指導等を内容とする本件コンサルタント業務契約を締結し、同契約基づいて本件会社分割を企画立案、実行するための指導、助言等を行い、破産会社から被告Y1に支払われていた本件仮払金の中から、その報酬として・・・万円の支払を受けたことが認められる。・・・そうすると、破産会社と被告Y2とは、当初から詐害性のある本件会社分割を実施することを目的として本件コンサルタント業務契約を締結したと推認できるから、同契約自体に詐害性があり、被告Y2は本件会社分割の内容を熟知しており、悪意であるといえるから、本件コンサルタント業務契約について、否認権を行使しうる。また、仮に、本件コンサルタント業務契約自体には詐害性があるとまではいえないとしても、その場合、被告Y2には、破産会社に対し、適法な内容の分割計画の立案、実施に関する助言、指導等を行うべき義務があったにもかかわらず、詐害性のある本件会社分割を企画立案、実施するための助言、指導等を行ったことになり、上記義務の違反が認められるから、債務不履行に基づく損害賠償請求により、報酬額・・・万円の支払を求めることができるというべきである。」

⑶ その他の裁判例

最一小判H12.3.9 離婚に伴う財産分与の額が不相当に過大な部分が、詐害行為取消しの対象となるとした判例です。破産の場合にも該当すると考えられます。

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Xは、甲に対し貸金債権を有し、確定判決を得ていました。一方、Yと甲は協議離婚した際に、他の債権者を害することを知りながら、甲がYに対し、生活費補助及び離婚に伴う慰謝料を支払うことを約し、執行認諾文言付きの慰謝料支払等公正証書も作成されました。Xは、甲に対する確定判決に基づき、甲の乙にする給料及び役員報酬債権につき差押命令を申し立て、差押命令を得ましたた。一方、Yも、甲に対する公正証書に基づき、生活費補助及び慰謝料を請求債権として、甲の乙に対する給料及び役員報酬債権につき差押命令を申し立て、差押命令を得たため、乙は一定額を供託しましたた。裁判所が、YとXの各配当額を各請求債権額に応じて案分して定めた配当表を作成したのに対し、Xが、異議を述べたうえで、詐害行為取消権に基づきYと甲との間の合意を取消し配当表を変更することなどを求めて提訴し、控訴審がXの詐害行為取消の請求を全て認容したためYが上告したところ、本判決は以下のように説示して、破棄差戻しとしました。
財産分与について
「離婚に伴う財産分与は、民法768条3項の規定の趣旨に反して不相当に過大であり、財産分与に仮託してされた財産処分であると認めるに足りるような特段の事情のない限り、詐害行為とはならない(最高裁昭和57年(オ)第798号同58年12月19日第二小法廷判決・民集37巻10号1532頁)。このことは、財産分与として金銭の定期給付をする旨の合意をする場合であっても、同様と解される。
そして、離婚に伴う財産分与として金銭の給付をする旨の合意がされた場合において、右特段の事情があるときは、不相当に過大な部分について、その限度において詐害行為として取り消されるべきものと解するのが相当である。」
慰謝料について
「離婚に伴う慰謝料を支払う旨の合意は、配偶者の一方が、その有責行為及びこれによって離婚のやむなきに至ったことを理由として発生した損害賠償債務の存在を確認し、賠償額を確定してその支払を約する行為であって、新たに創設的に債務を負担するものとはいえないから、詐害行為とはならない。しかしながら、当該配偶者が負担すべき損害賠償債務の額を超えた金額の慰謝料を支払う旨の合意がされたときは、その合意のうち右損害賠償債務の額を超えた部分については、慰謝料支払の名を借りた金銭の贈与契約ないし対価を欠いた新たな債務負担行為というべきであるから、詐害行為取消権行使の対象となり得るものと解するのが相当である。」
あてはめ
「これを本件について見ると、Yと甲との婚姻の期間、離婚に至る事情、甲の資力等から見て、本件合意はその額が不相当に過大であるとした原審の判断は正当であるが、この場合においては、その扶養的財産分与のうち不相当に過大な額及び慰謝料として負担すべき額を超える額を算出した上、その限度で本件合意を取り消し、Yの請求債権から取り消された額を控除した残額と、Xの請求債権の額に応じて本件配当表の変更を命じるべきである。これと異なる見解に立って、本件合意の全部を取り消し得ることを前提として本件配当表の変更を命じた原判決には、法令の解釈適用を誤った違法があるというべきであり、この違法は原判決の結論に影響を及ぼすことが明らかである。論旨は右の趣旨をいうものとして理由があり、原判決中Xの予備的請求に関する部分は破棄を免れない。 」

大阪地判H29.11.29 否認権保全のための処分禁止の仮処分決定(破産法171条1項)が、相当対価の処分で買主が隠匿等の処分を有することについて悪意とは言えないとして、取消された事例

⑵ 無償行為否認に関する特徴的な裁判例

⑴ 義務なく、対価無くした連帯保証ないし担保供与に対する否認の裁判例

義務なく又は対価なく行った連帯保証ないし担保供与は、原則として無償否認の対象になるとされています(最高裁判所S62.7.3、大阪高裁H22.2.18、東京高裁H12.12.26)。ただし、既に金融機関に対する債務に連帯保証している場合、信用保証協会に対する求償債務に連帯保証をしたとしても無償否認の対象とはなりません(最高裁判所H8.3.22)。なお、破産者の子会社の滞納国税に対する納税保証が否認の対象となるとした裁判例があります(東京高判H25.7.18)。

 最判S62.7.3(破産)会社の代表取締役が保証料を受け取ることなく行った会社債務に対する連帯保証及び担保供与が無償否認の対象になるとしました。
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甲社の代表取締役の乙が、甲社の仕入業者Yのために、特に甲社から保証料等を受け取ることなく、連帯保証及び担保供与した状態で、乙につき破産手続開始決定がなされ、Xが破産管財人に選任されました。Xは、乙が甲社のために保証料等を受け取らずに行った連帯保証及び担保供与が無償行為に当たるとして、Yに連帯保証債務の不存在確認の訴え等を提起したところ、第1審、控訴審ともXの請求を認容したためYが上告しました。
本判決は、「破産者が義務なくして他人のためにした保証若しくは抵当権設定等の担保の供与は、それが債権者の主たる債務者に対する出捐の直接的な原因をなす場合であつても、破産者がその対価として経済的利益を受けない限り、破産法72条5号にいう無償行為に当たるものと解すべきであり(大審院昭和11年(オ)第298号同年8月10日判決・民集15巻1680頁参照)、右の理は、主たる債務者がいわゆる同族会社であり、破産者がその代表者で実質的な経営者でもあるときにも妥当するものというべきである。」として、上告を棄却しました。
大阪高判H22.2.18(破産)会社の代表取締役が、会社借入の際に担保提供を行った行為につき、「金融機関の与信が破産者による保証ないし物上保証と同時交換的にされた場合であっても、破産者のした担保提供行為は無償否認の対象となると解すべきである」としました。
 東京高判H12.12.26(破産)会社代表取締役が、会社の借入の際に、自己の生命保険解約返戻金請求権に設定した質権が無償否認の対象になるとしました。
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甲社の代表取締役乙が、甲社がYから400万円を借り入れるにあたり、担保として、自己のA生命保険会社に対する生命保険解約返戻金請求権に質権を設定しましたが、この際、乙に生命保険料等の未納があったため、Yは、400万円のうち200万円をAに対する保険料の未納等に充当させました。その後、乙につき破産手続開始決定がなされ、破産管財人に選任されたXは、当該質権設定が無償行為に当たるとし、Yに対し、否認権に基づき、Yが担保権を実行したことにより得た金員の価格償還請求(破産法167条)訴訟を提起しましたた。
第1審がXの請求を認容したため、Yが控訴したところ、本判決は、「破産管財人が破産法72条5号の規定により無償行為又はこれと同視すべき有償行為として否認することのできる破産者の行為は、それによって破産財団を減少させ、一般債権者を害するもの又はその限度に限られるものと解するのが相当である」としたうえで、Yからの借入れにより生命保険料等の未収債務に充当された200万円については否認の対象にならないとして、原判決を一部変更した。
 最判H8.3.22(破産)既に金融機関に連帯保証している場合に、信用保証協会に対する求償債務に連帯保証をしたとしても無償否認の対象とはならないとしました。
東京高判H25.7.18(再生→破産)子会社の滞納国税に対する納付保証に対する否認権行使が認められた事例
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 破産者甲社及び、甲社の子会社乙社は、平成20年10月31日に、平成19年8月1日から平成20年7月31日までの法人税の確定申告書を提出しましたが、その後いずれも滞納しました。甲社は、平成21年2月に民事再生手続開始申立を行った後、同年4月21日に破産手続開始決定を受けるに至りました。一方で、甲社は平成21年2月に、Y(国税当局ないし国を指す)と乙社の滞納国税を納税保証する旨の合意をしていました。
甲社の破産管財人に選任されたXは、平成21年7月に、平成20年8月から平成21年4月までの期間にわたる法人税確定申告を行い、かかる確定申告に基づき還付請求をしたところ、Yは甲社が乙社滞納税金の納税保証したことに基づく国税債務に対当額で充当する旨の処分をし、差額だけを還付しました。そこで、Xは、甲社がした納税保証は支払停止前6箇月以内にした無償行為であるとして、破産法160条3項に基づきこれを否認するなどと主張して納税保証に係る債務に充当された還付金などを求めて提訴しました(他の甲社の子会社の関係も争われているが割愛します)。第1審がXの請求を概ね認めたため、Yが控訴、Xが付帯控訴したところ、本判決は、以下のとおり説示して、概ね第1審を維持しました(控訴審は基本的に第1審を引用しているため、以下は第1審の判示内容である)。
「破産法160条3項は、その要件として対象が『無償行為及びこれと同視すべき有償行為』であることを要するとしていることから、本件納税保証がこれに該当するか否かについて検討する。本件納税保証は、甲社が乙社の滞納国税について保証したものであるところ、一般に、破産者が義務がないにも関わらず他人のためにした保証又は抵当権設定等の担保の供与は、破産者がその対価として経済的利益を受けない限り、破産法160条3項にいう無償行為に当たるものと解すべきである(最高裁判所昭和62年7月3日第二小法廷判決・民集41巻5号1068頁参照)
そこで、甲社が本件納税保証の対価として経済的利益を受けたか否かについてみると、・・・保証料率0.1パーセントで乙社の滞納国税を保証する旨の記載のある甲社の取締役会議事録が存在することが認められるものの、甲社と乙社との間で保証委託契約が締結されたことや乙社から甲社に保証料が支払われたことを認めるに足りる証拠はない。また、・・・仮に甲社において本件納税保証に係る0.1パーセントの保証料債権を有していたとしても、これが弁済される見込みは全くなく、本件納税保証の経済的な対価として意味を有しないものというべきである。これに対し、Yは、乙社が甲社の完全子会社であり、金融業務を分担して行っていたなどの強固な経済的依存関係があったから、本件納税保証は甲社にとって経済的利益をもたらすものである旨主張するが、上記のとおり、乙社は、本件納税保証の時点で既に廃業しており、金融業務を分担して行うなどの甲社との経済的依存関係はその基礎を失うに至っていたというべきであるから、本件納税保証が甲社にとって経済的利益をもたらすものとはいえないのであって、Yの上記主張は、理由がない。したがって、本件納税保証について、甲社がその対価として経済的利益を受けていたとは認められないから、本件納税保証は、破産法160条3項所定の『無償行為及びこれと同視すべき有償行為』に該当する。
・・・そもそも否認権は、破産債権者の利益を保護するための制度であるから、否認権を行使するためには、否認の対象となる行為が、破産債権者を害するもの、すなわち破産財団の価値を減少させる行為であることを要する。そこで、本件納税保証が破産債権者を害するものであるかどうかについて検討するに、・・・この納税保証がされることにより、国税債権者は、破産者に対して滞納処分を執行できる地位(国税通則法52条4項)すなわちいわゆる自力執行権を付与されるとともに、破産手続開始決定前に国税滞納処分に着手すれば破産手続外で権利行使ができる(破産法43条2項)などの優先徴収権を付与されるものとされている。すなわち、甲社は、本件納税保証によって、小切手の振出しによって負担する私法上の債務とは異なる、国税債権者にいわゆる自力執行権や優先徴収権が付与された租税債務を負担することになるのであり、本件納税保証によって、国税債権者を甲社の一般債権者よりも優先的な地位に立たせることになるものであって、破産債権者を害するものであり破産財団の価値を実質的に減少させる行為であるというべきである。したがって、本件納税保証は、否認権行使のためのいわゆる「有害性」の要件を充たすものである。
・・・Yは、本件納税保証について、破産法163条3項が類推適用されるべきであるから、本件納税保証は、否認権行使の対象とはならないと主張する。しかしながら、破産法は、詐害行為否認(破産法160条)と偏頗行為否認(破産法162条)とを明確に分けて規定しているところ、この趣旨は、その行為の態様が異なることによるほか、詐害行為否認がその行為による財産の減少分を取り戻すことを目的とするものであるのに対し、偏頗行為否認は、弁済等の効力を否認することによって、他の破産債権者と同様に破産手続における配当による満足しか認めないこととし、これによって破産債権者間の平等を図ることを目的とするもので、両者は否認の目的及び効果が異なることによるものであると考えられる。そして、破産法163条3項は、『前条第1項の規定は、破産者が租税等の請求権又は罰金等の請求権につき、その徴収の権限を有する者に対してした担保の提供又は債務の消滅に関する行為には、適用しない。』と規定しており、同項が破産法162条1項の偏頗行為否認のみを適用除外の対象としていることは文言上明らかである。また、破産法163条3項は、破産手続開始前の原因に基づく租税等の請求権の一部を財団債権から破産債権へと格下げすること(破産法148条1項3号参照)などにより、租税等の請求権の優遇を後退させた平成16年改正の全体的な流れの中で、租税等の請求権については偏頗行為否認が成立しないという限度で租税等の請求権を優遇することを意図した規定であると解されるところ、これを超えて、偏頗行為よりも有害性の強い無償行為を含む詐害行為にまで租税等の請求権の優遇を認めることは、平成16年改正の趣旨に沿わないというべきである。
 さらに、破産法163条3項の沿革についてみても、同項は旧会社更生法78条2項の規定に由来するところ、同項は、『担保の供与又は債務の消滅に関する行為については、適用しない。』と規定しており、偏頗行為のみを適用除外の対象としていたと解される。したがって、無償行為否認については、破産法163条3項は類推適用されないというべきであり、本件納税保証が否認権行使の対象とはならない旨の被告の主張には、理由がない。」

⑵ 無償行為否認の対象に関するその他の裁判例

東京高裁H12.12.26(破産):無償行為否認の対象は、破産財団を減少させ、一般債権者を害するもの又はその限度に限られるとした裁判例

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甲社の代表取締役乙が、甲社がYから400万円を借り入れるにあたり、担保として、自己のA生命保険会社に対する生命保険解約返戻金請求権に質権を設定しましたが、この際、乙に生命保険料等の未納があったため、Yは、400万円のうち200万円をAに対する保険料の未納等に充当させました。その後、乙につき破産手続開始決定がなされ、破産管財人に選任されたXは、当該質権設定が無償行為に当たるとし、Yに対し、否認権に基づき、Yが担保権を実行したことにより得た金員の価格償還請求(破産法167条)訴訟を提起しましたた。
第1審がXの請求を認容したため、Yが控訴したところ、本判決は、「破産管財人が破産法72条5号の規定により無償行為又はこれと同視すべき有償行為として否認することのできる破産者の行為は、それによって破産財団を減少させ、一般債権者を害するもの又はその限度に限られるものと解するのが相当である」としたうえで、Yからの借入れにより生命保険料等の未収債務に充当された200万円については否認の対象にならないとして、原判決を一部変更した。

東京地裁H23.7.27(破産):賃貸借契約の保証金返還請求権を放棄した解除が無償行為否認の対象となるとした裁判例

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Yから建物(2か所)を賃借していた甲社の破産管財人Xが、破産法53条に基づいて上記賃貸借契約を解除し、上記各建物を明け渡したとして、保証金の返還を求めて提訴したのに対し、Yが、賃貸借契約には、破産手続開始の申立てにより解除された場合には保証金残金を請求することができない旨の合意があるところ、破産会社は破産手続開始の申立てをしており、この合意に基づく解除が可能であったことから破産法160条3項にいう無償行為にあたらない旨や、破産法53条解除された場合でも保証金放棄条項は有効であるなどとして争ったところ、本判決は以下のように説示して、Xの請求を一部認容しました。
無償行為否認適用の可否について
「Yは、本件賃貸借契約・・・において、破産手続開始の申立てにより解除された場合には保証金残金を請求することができない旨の合意があるところ、破産会社は破産手続開始の申立てをしており、この合意に基づく解除が可能であったことから、本件無償行為は破産法160条3項にいう無償行為に当たらない旨を主張するものと解される。・・・合意は借地借家法28条の規定の趣旨に反して建物の賃借人に不利なものであるから、同法30条により無効と解すべきである(最高裁昭和42年(オ)第919号同43年11月21日第一小法廷判決・民集22巻12号2726頁参照)。」
破産法53条1項に基づく解除における保証金放棄条項の適用の有無について
「甲社とYとの間には、それぞれ、保証金残金の返還請求権を放棄することにより即時解約することができる旨の合意がされていたものと認められるところ、これは合意に基づく解約権(約定解約権)の行使の要件を定めたものと解され、破産管財人による破産法53条1項に基づく解除権の行使についての要件とは解されない上、同項は、契約の相手方に解除による不利益を受忍させても破産財団の維持増殖を図るために破産管財人に法定解除権を付与し、もって破産会社の従前の契約上の地位よりも有利な法的地位を与えたものと解されることをも併せ考えると、Xによる・・・解除により、保証金残金の返還請求権が消滅するものとは解されない。」

最判H29.11.16(再生) 無償行為否認の行為の時に債務超過であること又は当該行為により債務超過になることは、無償行為否認権行使の要件ではないとした判例 

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YはXとの間で、乙のXに対する借入金債務を連帯保証する旨の契約を締結した後、再生手続開始決定を受けた。Yの再生手続において、Xが当該連帯保証契約に基づく連帯保証債務履行請求権につき債権届出をしたところ、その額を0円と査定する旨の決定がされたことから、Xがその変更を求める異議の訴えを行ったのに対し、Y(正確には再生管財人)が本件連帯保証契約の締結に対し民事再生法127条3項に基づく否認権の行使をして争ったのが本件です。本判決は以下のように説示してのYの請求を認めました。
「民事再生法127条3項は、再生債務者が支払の停止等があった後又はその前6月以内にした無償行為等を否認することができるものとし、同項に基づく否認権行使について、対象となる行為の内容及び時期を定めるところ、同項には、再生債務者が上記行為の時に債務超過であること又は上記行為により債務超過になることを要件とすることをうかがわせる文言はない。そして、同項の趣旨は、その否認の対象である再生債務者の行為が対価を伴わないものであって再生債権者の利益を害する危険が特に顕著であるため、専ら行為の内容及び時期に着目して特殊な否認類型を認めたことにあると解するのが相当である。そうすると、同項所定の要件に加えて、再生債務者がその否認の対象となる行為の時に債務超過であること又はその行為により債務超過になることを要するものとすることは、同項の趣旨に沿うものとはいい難い。
 したがって、再生債務者が無償行為等の時に債務超過であること又はその無償行為等により債務超過になることは、民事再生法127条3項に基づく否認権行使の要件ではないと解するのが相当である。

東京高判H27.11.9 破産管財人が、破産者が行った遺産分割協議について、破産者の兄が法定相続分を超えて遺産を取得するものと合意された部分が「無償行為」否認(破産法160条3項)にあたるとした主張が、認められなかった事例

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破産者甲の破産管財人Xが、甲の兄Yに対し、甲がYとの間で行った亡父の遺産分割協議のうち、Yがその法定相続分を超えて遺産を取得するものと合意した部分が甲の支払停止の6月以内にした無償行為に当たると主張して、破産法160条3項に基づいて否認権を行使した事案が本件です。本判決は以下のように説示して、Xの請求を認めませんでした。
「破産法160条3項は、破産者が支払の停止等があった後又はその6月以内にした無償行為及びこれと同旨すべき有償行為は、破産手続開始後、破産財団のために否認することができると規定する。この無償行為否認においては、破産者の詐害意思を要しないこと、支払停止前6月まで否認の範囲が拡大されていること、受益者の主観的要件を要しないことにおいて、一般の詐害行為否認の特則としての性質を有するものと解するのが相当である。「無償行為」とは、破産者が経済的な対価を得ないで財産を減少させ、又は債務を負担する行為であると解され、その典型的な例は贈与である。このような「無償行為」について、上記のとおり、破産者及び受益者の主観を顧慮することなく、専ら行為の内容及び時期に着目して特殊な否認類型を認めた根拠は、その対象たる破産者の行為が対価を伴わないものであって、破産債権者の利益を害する危険が特に顕著であるためであると解される(最高裁判所昭和62年7月3日第二小法廷判決・民集41巻5号1068頁)。・・・ところで、遺産分割協議は、相続の開始によって共同相続人の共有となった相続財産について、その全部又は一部を、各相続人の単独所有とし、又は新たな共有関係に移行させることによって、相続財産の帰属を確定させる行為である。したがって、遺産分割協議は、その性質上、財産権を目的とする法律行為であるということができるから、共同相続人間で成立した遺産分割協議は、民法424条1項所定の詐害行為取消権行使の対象となり得るものであり(最高裁判所平成11年6月11日第二小法廷判決・民集53巻5号898頁)、破産法160条1項所定の詐害行為否認の対象となり得る場合もあるものと解される。・・・以上のとおり、共同相続人が行う遺産分割協議において、相続人中のある者がその法定相続分又は具体的相続分を超える遺産を取得する合意をする行為を当然に贈与と同様の無償行為と評価することはできず、遺産分割協議は、原則として破産法160条3項の無償行為には当たらないと解するのが相当である。
 したがって、控訴人の上記主張は採用することができない。
 もっとも、遺産分割協議が、その基準について定める民法906条が掲げる事情とは無関係に行われ、遺産分割の形式はあっても、当該遺産分割に仮託してされた財産処分であると認めるに足りるような特段の事情があるときには、破産法160条3項の無償行為否認の対象に当たり得る場合もないとはいえないと解される。」

高松高判H28.11.18 破産会社から代理形式による不動産の売却について委任を受けた代理人に対する報酬の支払が否認された事例

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有限会社甲の破産管財人Xが、甲が、破産手続開始申立て前6か月以内に、Yに対し、不動産の売却についての代理行為の報酬として359万1000円を支払う旨を約してこれを支払ったことが破産法160条3項の無償行為否認に該当するなどと主張し否認した事案。本判決は以下のように説示してXの請求を認めました。
Yは、甲が破産申立直前の状態にあることを認識しつつ、代理方式により本件不動産の売却に関与することにより高額の報酬を得ることを目的として、甲に実質的に利益をもたらすものではないことを認識しつつ、甲との間で本件報酬合意を含む本件委任契約を締結し、Aが実質的に支配するB社にこれを買い受けさせたことにより売買の代理行為をしたとして、本件報酬支払を受けたものと認められる。これによれば、本件代理契約の締結及び本件報酬支払は、甲がその対価として経済的利益を受けたものということはできず、破産法160条3項にいう無償行為に当たるものというべく、また、甲ひいては破産債権者を害することを知ってしたものであると認められるから、同条1項1号の詐害行為にも当たる。」