このページは、破産財団の範囲についての説明しています

破産財団とは、破産管財人の管理処分権が及ぶ範囲です。他人の物が破産者の手元にある場合、それは取戻権といって、所有者は取戻すことが可能です。取戻権の対象物は、破産財団とはなりませんので、取戻権についても説明をしています。

また、預金について、破産財団に含まれるか否かが問題となって事例があるので、それについても説明をしています。

1 破産財団の範囲(まとめ)

⑴ 破産財団の範囲(まとめ)

破産財団の範囲は概要、以下のように整理されます。

破産者が破産手続開始の時において有する一切の財産(日本国内にあるかどうかを問わない。)は、破産財団となります(破産法34条1項)。

破産者が破産手続開始前に生じた原因に基づいて行うことがある将来の請求権も、破産財団に属します(破産法34条2項)。

破産者に属しない財産は、所有者は破産財団から取戻す権利を有します(取戻権→以下の参照)

⑵ 新得財産

個人破産者が破産手続開始決定に取得する財産(新得財産)は破産財団を構成しません。破産手続開始後に支払われた保険金が破産財団に属するか、破産者の新得財産になるかで争われることが多く、裁判例もいくつかあります。基本的には、破産財団に属するものと判断されています。

大阪高判H26.3.20 破産手続開始決定前に交通事故を原因として生命保険会社から給付を受けた特約介護年金を受領している場合、開始決定後の期間に相当する部分を含めて破産財団を構成するとした裁判例

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破産者甲の破産管財人Xが、交通事故を原因として生命保険会社から給付を受けた特約介護年金を甲から預かっていた弁護士Yに対してXに引渡すように請求したのに対し、Yが破産手続開始決定後の期間に相当する部分は新得財産として争ったのが本件です。本判決は、以下のように説示してXの請求を認めました。
「破産者甲が支払を受けた特約介護年金は、その加入に係る生命保険の特約に基づき保険事故による後遺障害が発生して加入者が介護を要する状態となったときに支払われる保険金であり、その請求権は保険契約による保険料の払込みに基づき停止条件付権利として発生するものであること、破産者甲については、・・・本件交通事故に遭って後遺障害を残したことからその支払請求権が発生し、Yを通じて保険会社との示談交渉を行った結果、破産手続開始決定前である平成24年5月、破産者甲の選択により、分割払いではなく一括払いによりこれを受領し、Yに預託したことが認められるところ、上記のとおり、特約介護年金の請求権は保険契約による保険料の払込みに基づき停止条件付権利として発生するものであり、破産手続開始決定前に停止条件成就により生じた保険金請求権が差押禁止財産となるべき法令上の根拠はないのであるから、同請求権は一般債権者による差押えの対象となるものというべきである。そして、破産者甲は、保険事故の発生により、破産手続開始決定前に、特約介護年金の一括支払を受け、これをYに預託しているのであるから、本件預り金のうちの特約介護年金に相当する部分の現金又はその返還請求権が差押禁止財産として破産者甲野の自由財産となる余地はないというべきである。なお、特約介護年金の保険金の額は受傷者の障害の程度に応じて算定されるものの、その使途が特に介護の費用に限定されているわけでもなく、これが破産財団に組み入れられても、公的扶助を受けることは妨げられないから、実質的にも生命保険金請求権のうち特約介護年金請求権に限って差押禁止財産と解することはできず、また、破産手続開始決定後の介護費用に相当する部分が新得財産になる余地もないというべきである。」

最判H28.4.28 破産手続開始前に成立した、破産者以外が破産者を保険金受取人としていた生命保険契約について、破産手続中に生命保険金を破産者が受領した場合、当該死亡保険金請求権が破産財団に属するとした判例

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保険契約者兼被保険者であるAが、破産者Yのための生命保険契約を締結していたところ、甲に破産手続開始の決定がされた後に保険事故(すなわち被保険者Aの死亡)が発生した場合の死亡保険金(請求権)が、破産財団に属するかが争われました。本判決は、以下のように説示して、破産財団にするとする甲の破産管財人Xの主張を認めました(Yの代理人も被告になっていますが省略しています)。
「第三者のためにする生命保険契約の死亡保険金受取人は、当該契約の成立により、当該契約で定める期間内に被保険者が死亡することを停止条件とする死亡保険金請求権を取得するものと解されるところ(最高裁昭和36年(オ)第1028号同40年2月2日第三小法廷判決・民集19巻1号1頁参照)、この請求権は、被保険者の死亡前であっても、上記死亡保険金受取人において処分したり、その一般債権者において差押えをしたりすることが可能であると解され、一定の財産的価値を有することは否定できないものである。したがって、破産手続開始前に成立した第三者のためにする生命保険契約に基づき破産者である死亡保険金受取人が有する死亡保険金請求権は、破産法34条2項にいう「破産者が破産手続開始前に生じた原因に基づいて行うことがある将来の請求権」に該当するものとして、上記死亡保険金受取人の破産財団に属すると解するのが相当である。
 前記事実関係によれば、本件生命共済契約及び本件生命保険契約はいずれも本件各開始決定前に成立し、本件生命共済契約に係る死亡共済金受取人はYび乙であり、本件生命保険契約に係る死亡保険金受取人はYであったから、本件保険金等請求権のうち死亡共済金に係るものは本件各破産財団に各2分の1の割合で属し、本件保険金等請求権のうち死亡保険金に係るものはYの破産財団に属するといえる。」

東京高決H31.4.17 破産者が自己が所有する自宅建物等を目的とする火災共済契約を締結していたところ、破産手続開始決定後に火災が発生した場合、共済金請求権は共済掛金を破産手続開始後も破産者が支払っていた場合でも破産財団に属するとした裁判例

⑶ 差押禁止財産

破産者が個人の場合、差押禁止財産破産法34条3項)は破産財産を構成しません。なお、裁判所によって、具体的な運用は若干異なるようです。
破産者が法人の場合は、差押禁止財産であっても破産財団を構成します(最判S60.11.15)。

差押禁止財産とは、具体的には民事執行法131条に定める以下の財産及び、特別法に定められている年金等(近時では災害補償の義援金など)が差押禁止財産になります。
1 債務者等の生活に欠くことができない衣服、寝具、家具、台所用具、畳及び建具
2 債務者等の一月間の生活に必要な食料及び燃料
3 99万円(標準的な世帯の2月間の必要生計費を勘案して政令で定める額66万円の金銭の2分の3)
4 主として自己の労力により農業を営む者の農業に欠くことができない器具、肥料、労役の用に供する家畜及びその飼料並びに次の収穫まで農業を続行するために欠くことができない種子その他これに類する農産物
5 主として自己の労力により漁業を営む者の水産物の採捕又は養殖に欠くことができない漁網その他の漁具、えさ及び稚魚その他これに類する水産物
6 技術者、職人、労務者その他の主として自己の知的又は肉体的な労働により職業又は営業に従事する者(前二号に規定する者を除く。)のその業務に欠くことができない器具その他の物(商品を除く。)
7 実印その他の印で職業又は生活に欠くことができないもの
8 仏像、位はいその他礼拝又は祭に直接供するため欠くことができない物
9 債務者に必要な系譜、日記、商業帳簿及びこれらに類する書類
10 債務者又はその親族が受けた勲章その他の名誉を表章する物
11 債務者等の学校その他の教育施設における学習に必要な書類及び器具
12 発明又は著作に係る物で、まだ公表していないもの
13 債務者等に必要な義手、義足その他の身体の補足に供する物
14 建物その他の工作物について、災害の防止又は保安のため法令の規定により設備しなければならない消防用の機械又は器具、避難器具その他の備品

2 差押禁止財産の範囲に関する裁判例

⑴ 一般的な裁判例

福岡高決S37.10.25 会社と労働組合との協定により支給される退職金請求権について、その4分の1ないし2分の1までは差押え可能であって、破産宣告までの勤務年数に相当する部分は、破産財団に属するとした裁判例

最判S58.10.6 名誉を侵害されたことを理由とする被害者の加害者に対する慰藉料請求権が、被害者が請求権を行使する意思を表示しただけでいまだその具体的な金額が当事者間において客観的に確定しない間は、一身専属性を有し、差押えの対象としたり、債権者代位の目的とすることはできないとした判例。一方で、加害者が被害者に対し一定額の慰藉料を支払うことを内容とする合意又はかかる支払を命ずる債務名義が成立するなど、具体的な金額の慰藉料請求権が当事者間において客観的に確定したときは差押えが許されるとした判例

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「思うに、名誉を侵害されたことを理由とする被害者の加害者に対する慰藉料請求権は、金銭の支払を目的とする債権である点においては一般の金銭債権と異なるところはないが、本来、右の財産的価値それ自体の取得を目的とするものではなく、名誉という被害者の人格的価値を毀損せられたことによる損害の回復の方法として、被害者が受けた精神的苦痛を金銭に見積つてこれを加害者に支払わせることを目的とするものであるから、これを行使するかどうかは専ら被害者自身の意思によつて決せられるべきものと解すべきである。そして、右慰藉料請求権のこのような性質に加えて、その具体的金額自体も成立と同時に客観的に明らかとなるわけではなく、被害者の精神的苦痛の程度、主観的意識ないし感情、加害者の態度その他の不確定的要素をもつ諸般の状況を総合して決せられるべき性質のものであることに鑑みると、被害者が右請求権を行使する意思を表示しただけでいまだその具体的な金額が当事者間において客観的に確定しない間は、被害者がなおその請求意思を貫くかどうかをその自律的判断に委ねるのが相当であるから、右権利はなお一身専属性を有するものというべきであつて、被害者の債権者は、これを差押えの対象としたり、債権者代位の目的とすることはできないものというべきである。しかし、他方、加害者が被害者に対し一定額の慰藉料を支払うことを内容とする合意又はかかる支払を命ずる債務名義が成立したなど、具体的な金額の慰藉料請求権が当事者間において客観的に確定したときは、右請求権についてはもはや単に加害者の現実の履行を残すだけであつて、その受領についてまで被害者の自律的判断に委ねるべき特段の理由はないし、また、被害者がそれ以前の段階において死亡したときも、右慰藉料請求権の承継取得者についてまで右のような行使上の一身専属性を認めるべき理由がないことが明らかであるから、このような場合、右慰藉料請求権は、原判決にいう被害者の主観的意思から独立した客観的存在としての金銭債権となり、被害者の債権者においてこれを差し押えることができるし、また、債権者代位の目的とすることができるものというべきである。」

名古屋高判H1.2.21 生命侵害による近親者の慰謝料請求権について、具体的金額が当事者間において客観的に確定しない限り一身専属性を有し破産財団に属しないとした裁判例

大阪高判H26.3.20 破産者が破産手続開始決定前に受領した交通事故に係る傷害慰謝料等が、破産財団に当たるとした事例最判S58.10.6のあてはめ)

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破産者甲の破産管財人Xが、甲が交通事故の示談交渉により損害保険会社から受領した損害賠償金が破産財団に属するとして、当該受領金を預かり金口座に保管していた弁護士Yに引渡しを求めて提訴したのが本件です。本判決は以下のように説示して、Xの請求を認めました。
「Yは、破産者甲が本件交通事故の示談により支払を受けた損害賠償金のうち慰謝料(傷害慰謝料及び後遺障害慰謝料)に相当する部分は、行使上の一身専属性が認められるから、その性質上、差押禁止財産に当たり、それが危機時期以降に現金化されても、その性質を引き継ぎ、本来的に破産者甲の自由財産であると主張する。
 しかし、慰謝料請求権が行使上の一身専属性のある債権であるとしても、・・・破産者甲は、破産手続開始の申立てを行う以前に、本件交通事故の加害者(損害保険会社)との間に示談を成立させ、慰謝料を含む損害賠償金の支払を受け、これをYに預託したことが認められるから、当該慰謝料請求権は、破産手続開始決定前に客観的にその金額が確定し、既にその支払も行われて、本件預け金として現金又はYに対する返還請求権に転化していることが明らかであるところ、この転化した現金又は返還請求権が行使上の一身専属性をなお帯有しているとはいえず、差押禁止財産であるということはできない(昭和58年判決参照)。」

東京高判H26.4.24 早期退職をした場合に給付されるつなぎ年金は、労務の対価たる性質を有するものではないから差押禁止債権には該当しないとして、その全額が破産財団を構成するとした事例

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破産者甲の元妻Xが、甲の破産管財人Yに対し、甲が元勤務先から早期退職支援制度に基づき支給を受けるべき「つなぎ年金」を破産財団に組み入れられたのに対し、つなぎ年金の給付請求権が退職年金又はこれらの性質を有する給与に係る債権に該当するので、その4分の3は破産財団を構成しないと主張して、支払を求めたのが本件です。本判決は以下のように説示して、Xの請求を認めませんでした。
「退職年金とは、職員が一定期間継続的雇用関係にあった後に退職したとき、雇主がその者の退職後の生活を保障するため年金として支払う給与と解されるところ、本件つなぎ年金は、一定期間継続的雇用関係にあった者のうち、早期退職支援制度の適用を受けて退職した者のみを対象として雇用関係終了後に支給される金員であり、・・・支給対象者が提供した労務の対価は、雇用関係継続中の給与、賞与及び諸手当並びに退職金規程に定める退職一時金及び終身年金等により、早期退職支援制度の適用を受けない者と同様に受給しているものと考えられるから、これらと別個に支給される本件つなぎ年金につき労務の対価たる給与の性質があるとみることは困難である。さらに、同制度の適用を受けて退職した者であっても、関連会社又はこれに準じる会社に再就職する者は対象としないこと・・・も併せ考慮すれば、本件つなぎ年金は、・・・早期退職を勧奨するために、早期退職の代償として付与される特別の利益とみるのが相当である。また、先に認定した甲に対する本件つなぎ年金以外の支給内容に照らせば、給与に係る債権を保護することにより債務者等の最低限度の生活を保障しようとする民事執行法152条1項2号の趣旨に照らしても、本件つなぎ年金を退職年金又はこれらの性質を有する給与に係る債権と解すべき事情は見出し難い。
 したがって、本件つなぎ年金は、差押禁止債権に該当せず、破産財団を構成し、Yが本件つなぎ年金の全部につき管理処分権を有することになるから、Xの確認請求は認められない。」

東京高決H30.6.5 私的年金契約に基づく年金債権が、契約の趣旨や、債務者の状況などから、差押禁止債権に該当しないとされた事例

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Y(債務者)の母Xが、債務弁済契約公正証書の執行力のある正本に基づき、XのYに対する損害賠償請求権等を請求債権とし、Yが保険契約に基づき第三債務者に対して有する年払保険金(年金)支払請求権を差押債権として、債権差押命令を申し立てたところ、同支部は、本件債権は「債務者が国及び地方公共団体以外の者から生計を維持するために支給を受ける継続的給付に係る債権」(民事執行法152条1項1号)に当たるから、その4分の3に相当する部分は差押禁止債権に当たるとして、同部分についての申立てを却下したのに対し、Xが取消しを求めたのが本件です。本決定は、以下のように説示して、取消を認めました。
「本件保険契約は、その継続的給付の形式が、年に一度、一定額が支払われるという年払のもので、その実質としても、もともと祖母が、その相続対策のために、相手方に年金保険の形式で生前贈与したものであり、当時、相手方は、両親の扶養の下にあり、特に生活に困窮するような状況にはなかったこと、現在の相手方の生活状況は明確ではないが、本件保険契約に係る保険金を受給しなくとも、生活に困窮するような状況にあるとは思われないことに照らせば、本件債権は、民事執行法152条1項1号に定める債権に該当すると認めることはできず、本件債権の全額を差し押さえることができると解するのが相当である。」

⑵ 差押禁止債権が預金になった場合についての裁判例

しばしば、差押禁止債権に該当する債権が、債務者の預金口座に入金された後も、差押えが禁止されるか否かが問題となります。原則として、預金口座に入金された後は差押禁止債権とはならないと解されています(札幌高判H9.5.25を是認した最判H10.2.10)、当該最判の後の裁判例は、基本的に違法であるとするものが多数ですが、例外的に差押禁止とする裁判例もいくつかありますので注意が必要です(判断基準を説示した裁判例として東京高判H30.12.19 、東京高判R4.10.26があります)。

【預金口座に入金された後の差押が違法であるとした裁判例】

札幌高判H9.5.25最判H10.2.10で上告棄却)  国民年金・厚生年金・労災保険の給付が銀行口座に振り込まれた場合、差押禁止債権とならないとした高裁判例が維持された事例 

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Xは、国民年金及び労災補償金の受給を信用金庫YのX名義の口座で行っていました。Yがした、Xに対して有する保証債務履行請求権を自働債権とし、XがYに対して有する預金債権を受働債権とする、約定相殺ないし法定相殺をしたのに対し、Xが当該預金は差押禁止債権による相殺であり相殺は違法無効であるとし、相殺にかかる金額を不当利得としてその返還などを求めたのが本件です。本判決は以下のように説示してXの主張を認めず、最判も当該結論を是認しました。
「たしかに、年金等のように差押等ができない旨定められている給付については、それらが受給者の預金口座に振り込まれた場合においても、受給者の生活保持の見地から右差押等禁止の趣旨は十分に尊重されてしかるべきではある。しかしながら、年金等の受給権が差押等を禁止されているとしても、その給付金が受給者の金融機関における預金口座に振り込まれると、それは受給者の当該金融機関に対する預金債権に転化し、受給者の一般財産になると解すべきであるから、差押等禁止債権の振り込みによって生じた預金債権は、原則として、差押等禁止債権としての属性を承継しないと解するのが相当である。

東京地判H15.5.28 金融機関や郵便局に入金された年金について、当該預貯金の原資が年金であることの識別、特定が可能であるときは、当該預貯金に対する差押えは原則として許されないとした裁判例

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Xが、Yから債権執行を受けて貯金債権を喪失したが、当該貯金債権は、Xが所轄機関から受給した年金を預け入れたものであるから、当該貯金債権に対する強制執行は許されるべきものではないと主張して、不当利得として、Yに対し、当該債権執行によって回収した金額の返還及び遅延損害金の支払を求めたのが本件です。本判決は、以下のように説示して、Xの主張を認めました。
年金に対する差押えが禁止された趣旨を全うするためには、年金受給権に対する差押えに限らず、受給権者が年金を受給した後の年金自体に対する差押えも許されるべきものではない。そして、年金受給権者が受給した年金を金融機関・郵便局に預け入れている場合にも、当該預・貯金の原資が年金であることの識別・特定が可能であるときは、年金それ自体に対する差押えと同視すべきものであって、当該預・貯金債権に対する差押えは禁止されるべきものというべきである。・・・YのXに対する本件債権執行は、本件事案においては、民事執行法の趣旨に照らして、違法といわざるを得ないところ、この点は、被告の認識のいかんにかかわらない問題である。したがって、本件貯金債権が年金を預け入れたものであることをYが認識していなかったとしても、その違法であることに変わりはなく、そのような違法な強制執行によって得た金銭を取得し得る法律上の原因はないというべきであるから、Yは、本件貯金債権から回収した・・・円(本件貯金債権のうち年金の預入れ部分)をXに返還すべきものである。」

広島高松江支判H25.11.27 児童の親が個人事業税及び自動車税を滞納していた事案で、処分行政庁が、児童手当が口座に振り込まれた9分後に親の預金債権を差し押さえたことが違法とされた事例

大阪高判R1.9.26 給与が振り込まれた預金債権に対する滞納処分としての差押処分について、当該具体的に事情の下においては、給与により形成された部分のうち差押可能金額を超える部分について違法とした事例

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処分行政庁YがXの銀行の預金を差押えたことについて、Xが違法であるとした、Yに対し、本件差押処分の取消等を求めて提訴したのが本件です。本判決は以下のように説示して、Xの請求を概ね認めました。
「給料等が銀行の預金口座に振り込まれた場合には、給料等の債権が消滅して受給者の銀行に対する預金債権という別個の債権になること、給料等が受給者の預金口座に振り込まれると一般財産と混合し、識別特定ができなくなること、国税徴収法は、76条1項で給料等について、同条2項で給料等に基づき支払を受けた金銭についてそれぞれその一部の差押えを禁止する一方で、給料等の振込みにより成立した預金債権については差押えを禁止しておらず、他に同預金債権の差押えを禁止する規定はない。また、滞納者は、滞納処分による財産の換価によりその生活の維持が困難になるおそれ等がある場合には、換価の猶予(同法151条)又は滞納処分の停止(同法153条1項2号)を受けることも可能であることなどを考慮すると、原則として、給料等が金融機関の口座に振り込まれることによって発生する預金債権は差押禁止債権としての属性を承継するものではないというべきである。
  しかし、給料等が受給者の預金口座に振り込まれて預金債権になった場合であっても、同法76条1項及び2項が給与生活者等の最低生活を維持するために必要な費用等に相当する一定の金額について差押えを禁止した趣旨に鑑みると、具体的事情の下で、当該預金債権に対する差押処分が、実質的に差押えを禁止された給料等の債権を差し押さえたものと同視することができる場合には、上記差押禁止の趣旨に反するものとして違法となると解するのが相当である。・・・・以上の事実関係の下では、本件差押処分は、実質的に差押えを禁止された給料等の債権を差し押さえたものと同視することができる場合に当たるということができ、本件預金債権中、本件給与により形成された部分・・・のうち差押可能金額を超える部分については、上記差押禁止の趣旨に反するものとして違法となると解するのが相当である。」

神戸地伊丹支決R2.11.19 新型コロナウイルス感染症対策中小企業等持続化給付金の支給を受ける権利が性質上の差押禁止債権に当たるとしたうえで、新型コロナウイルス感染症対策中小企業等持続化給付金が入金された預金に対する差押が取消された事例

裁判例を確認する
飲食店を営む個人事業主Yの預金口座に新型コロナウイルス感染症対策中小企業等持続化給付金が入金された後、Yの債権者Xが当該預金口座を差押えたのが本件です。本決定は以下のように説示して、差押えを取消しました。
「持続化給付金の支給を受ける権利については、現時点において、これを差押禁止債権とする法律の規定は存在しないが、法律に差押えを禁止する旨の明文の規定がない場合であっても、譲渡性がない債権や他人が代わって行使することのできない債権については、その性質上、差し押さえることができないものと解すべきである。・・・持続化給付金は、給付対象の個人事業者等に現実に確保されなければ、上記目的を実現することは困難であると考えられるから、当該個人事業者等の債権者が、持続化給付金の支給を受ける権利を差し押さえ、当該個人事業者等に代わって支給を受けるということは予定されていないというべきである。よって、持続化給付金の支給を受ける権利は、性質上の差押禁止債権にあたると認めるのが相当である。・・・持続化給付金は、一旦本件貯金口座に振り込まれ、その法的性質を貯金債権に転化しているので、本件貯金債権を差し押さえることが直ちに差押禁止に抵触するとはいえないが、差押禁止債権の範囲変更の申立てにおいて、その原資の属性が持続化給付金の支給を受ける権利であることが認められれば、他に事業継続を支える財産や手段があること等その取消しを不当とする特段の事情のない限り、当該貯金債権に対する差押命令は取り消されるべきであると解するのが相当である。

神戸地尼崎支判R3.8.2 預金への入金直後に差し押さえをした事案について、違法な結果を生じさせたと判断したもの

【預金口座に入金された後の差押が違法でないとした裁判例】

東京高判H30.12.19  預金になった場合に、違法となる基準を示しつつ、問題となった年金等の振込みによる預貯金債権対する滞納処分については、違法ではないとした事例 

裁判例を確認する
Xが滞納していた固定資産税を徴収するため、Y市長がX名義の預金債権を差し押さえたところ、Xが、実質的に差押禁止債権を差し押さえたものであるなどの理由で違法である旨主張して、滞納処分の取消しなどを求めたのが本件です。本判決は、以下のように説示して、Xの請求を認めませんでした。なお、以下で「法」は国税徴収法を指します。
「地方税法373条7項が準用する法76条1項及び77条1項は、給料、賃金、俸給、歳費、退職年金及びこれらの性質を有する給与に係る債権(以下「給料等」という。)については所定の金額は差し押さえることができない(法76条1項)と定め、社会保険制度に基づき支給される退職年金、老齢年金、普通恩給、休業手当金及びこれらの性質を有する給付に係る債権(以下「年金等」という。)は給料等とみなして、法76条の規定を適用するとしている(法77条1項)ところ、・・・原則として、年金等に基づき支払われる金銭が金融機関の口座に振り込まれることによって発生する預貯金債権は、直ちに差押禁止債権としての属性を承継するものではないというべきである(最高裁平成9年(オ)第1963号同10年2月10日第三小法廷判決参照。・・・)。・・・もっとも、年金等に基づき支払われる金銭が受給者名義の預貯金口座に振り込まれた場合であっても、法77条1項及び76条1項が年金等受給者の最低限の生活を維持するために必要な費用等に相当する一定の金額について差押えを禁止した趣旨はできる限り尊重されるべきであるから、〈1〉滞納処分庁が、実質的に法77条1項及び76条1項により差押えを禁止された財産自体を差し押さえることを意図して差押処分を行ったといえるか否か、〈2〉差し押さえられた金額が滞納者の生活を困窮させるおそれがあるか否かなどを総合的に考慮して、差押処分が上記趣旨を没却するものであると認められる場合には、当該差押処分は権限を濫用したものとして違法であるというべきである。
 ・・・これを本件についてみると、〈1〉については、・・・本件預金債権は、本件差押処分の時点では、その大部分が本件年金を原資とするものであったということができ、Xにおいて、偶数月の15日に国民厚生年金が支給されることを認識していたこと(当事者間に争いがない。)からすれば、本件差押処分が実質的に本件年金自体を差し押さえることを意図していたとみられる余地がないとはいえない。
  しかしながら、Xの担当者(財務部収納課の職員。以下同じ。)において、本件差押処分の直前に、本件預金口座の取引履歴を把握していたことを認めるに足りる証拠はないのであって、・・・Xの担当者において、・・・振り込まれる前の本件預金口座の残高が2000円を下回っていることを認識していたとまではいえない。そうすると、X市長において本件預金債権の大部分が本件年金を原資とするものであると認識していたということはできず、本件年金自体を差し押さえることを意図して本件滞納処分を行ったとまでは認められない・・・。
  また、〈2〉についても・・・Yにおいては、従前、Y本人に代わって固定資産税を任意に納付していた者が存在していたというべきであるところ、本件滞納市税の額は、従前任意に納付されていた額を下回るものであるから、本件預金口座の残高のうち2000円が差し押さえられたからといって、その額が直ちにYが困窮に陥るおそれがある額であったということはできない。
 そうすると、本件差押処分が、法77条1項及び法76条1項が差押えを禁止した趣旨を没却するものであるとまでは認めることができず、本件差押処分が権限を濫用したものとして違法であるということはできない。」

東京高判R4.10.26 処分行政行政庁が差押えをしたのは、「本件口座に振り込まれた年金や年金生活者支援給付金を原資とする預金債権を差し押さえるためではなく、本件滞納税の時効消滅を阻止するためであったと考えられる」として、違法ではないとした裁判例

3 破産財団の範囲(一般)に関する裁判例

最判S58.3.22 過去の財産

大阪地判S62.4.30 不法原因給付

最判H26.10.28 不法原因給付

最判S60.11.15 法人の場合の自由財産否定

4 取戻権の権利関係

⑴ 取戻権とは?

取戻権とは、破産手続において、破産者に属しない自己の財産を、破産財団から取戻す権利のことをいいます。

破産手続開始は、取戻権に影響を与えません。つまり、取戻権者は、破産手続に拘束されることなく、管財人に対して返還請求をすることが可能です(破産法62条。なお、管財人は、100万円を超える取戻権を認める場合には裁判所の許可が必要とされています(破産法78条1項13号、2項、破産規則25条)。

破産管財人が取戻権の対象物を譲渡してしまった場合には、取戻権者は、その反対給付として受けた財産の給付請求権を有するとともに(破産法64条1項)、管財人が反対給付を受けた場合には、財団債権として当該給付を請求できます(破産法64条2項)。

⑵ 取戻権について留意すべき事項について

まれに、取戻権を認め所有者に戻すべきか、財団に属するか、不明確なものがあります。例えば、破産者が委託販売をしていて、破産者が第三者に売却した時点で売買が成立するとしている場合、第三者との売買契約が成立していないと仕入先に所有権があり、取戻権として認めるべきことになります。

また、対象物が運送中で買主が受け取る前に買主に破産手続開始決定があった場合、売主は取戻権が行使できます(破産法63条1項)。物品買入れの委託を請けた問屋が委託者に発送した後に、報酬及び費用を払っていない委託者に破産手続開始決定があった場合も同様です(破産法63条3項)。
なお、問屋が破産した場合、代金を払っている委託者は取戻権を行使できると解されています(最判S43.7.11)。

⑶ 裁判例など

取戻権に関する裁判例などは、管理人が運営する民事再生手続について説明した以下のリンク先をご参照下さい。民事再生法と破産法の取戻権の規律はほぼ同様です(民事再生法52条1項破産法62条とほぼ同様の定めをおき、かつ民事再生法52条2項破産法63条、64条を準用しています。)。再生債務者(破産であれば破産財団)に帰属する財産か否かが問題となる場面として信託契約についても触れています。

6 預金について、破産財団に帰属するか否かが問題となった事案

破産者の事業内容が管理業務等であった場合、預金が破産財団に帰属するかが問題となることがあります。判例としては、以下のようなものがあり、いずれも破産財団を構成しないとされました。

    事案        裁判例の結論
請負工事業者の破産における、前払金の保証を得たうえで受領した前払金発注者を委託者兼受益者とし、破産者(工事請負業者)を受託者とした信託契約が成立しているとして、破産財団に属さない財産とされました(最判H14.1.17、参考判例 名古屋高判H21.7.22)。

最判H14.1.17(破産)信託契約が成立しているとして、破産財団に属さないとされた事例
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ある県から工事を請け負った建設会社甲社が、保証事業法(公共工事の前払金保証事業に関する法律)に基づき登録を受けた保証事業会社(Y1)により前払金の保証を受けて、同県からY2信用金庫の甲社名義の口座に前払を受けていたところ(前払金は分別管理されていた)、甲社が営業停止をしたため、Y1は県に対して保証に基づき前払金を支払いました。その後、甲社に破産手続開始決定がなされ、破産管財人に選任されたXがY2に対して甲社名義の口座にある前払金相当額の払い戻しを求めたところ、Y2がY1の承諾なく払戻しができないとして拒否したため、Xは、Y2に預金債権の払戻し等を、Y1に対して担保権が存在しないこと等の確認を求めて訴えを提起しましたた。 第1審とも、控訴審とも、Xの請求を棄却したため、Xが上告したところ、本判決は、県を委託者兼受益者、破産者を受託者とした信託契約が成立したとして、同前払金は破産財団を構成しないとしてXの上告を棄却しました。

名古屋高判H21.7.22(破産):信託契約が成立していることを前提に、破産財団に属した時期が破産手続開始後とされ、金融機関の相殺が認められないとされた事例
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A市から工事を請け負った建設会社甲社(破産者)が、保証事業法(公共工事の前払金保証事業に関する法律)に基づき登録を受けた保証事業会社B社により前払金の保証を受けて、A市からY(破産者甲社の取引金融機関、破産債権者)の甲社名義の口座に前払を受けました(前払金は分別管理されていた)。
甲社の破産手続開始決定後、工事出来高が前払金を超えていることが確認されたことから、保証会社B社からYに払出制限を解除する通知がされました。そこで、Yが破産管財人Xに対して、払出制限を解除された預金につき相殺の意思表示をしたため、XがYに対して当該預金の支払を求めて提訴したところ、本判決は、前払金がYの甲社名義の口座に振り込まれた時点で、A市と甲社との間で、A市を委託者兼受益者、甲社を受託者とした信託契約が成立し出来高確認まで預金払戻請求権が破産財団に移転することはないとして、Yによる相殺は、破産手続開始決定後に負担した債務との相殺になるから、破産法71条1項1号の相殺禁止条項に該当して許されないとして、Xの請求を認めました。
マンション管理業者の破産における、管理費等保管口座マンション管理業者が破産した場合、管理業者が保管していた区分所有者の管理費等は、区分所有者全員に総有的ないし合有的に帰属し、破産財団に属さないとされました(東京高判H11.8.31東京高裁H12.12.14)。
損害保険会社代理店の破産における、保険料保管口座保険会社に帰属し、破産財団に属さないとされました(東京地判S63.3.29、東京地判S63.7.27