このページは破産法(倒産法)における、商事留置権の主な論点を説明しています。
担保権のことを破産法では「別除権」という表現をしていますので、別除権という用語も出てきますが、担保権の意味です。
破産手続における担保権が認められる要件、行使方法、管財人の対応などについては以下のリンク先をご参照下さい。
1 破産手続における商事留置権の取扱及び管財人の対応の確認
⑴ 破産手続における商事留置権の扱いの確認
商事留置権は、特別の先取特権と同様の効力が認められます(破産法66条1項)。
担保権者は競売の申立が可能です(民事執行法190条(動産)、181条(不動産))。
商事留置権の対象物については留置的効力が失われないと解されています(最判10.7.14)。
したがって、管財人が担保対象物を換価するためには、留置権者の協力が必要となります。管財人と留置権者との協議がまとまらない場合は,管財人は担保権消滅請求(破産法186条)又は商事留置権消滅請求(破産法192条)を利用するか、担保対象物を財団から放棄をすることになります。
⑵ 破産手続における、商事留置権に関する主な論点
破産手続において、商事留置権に関する主な論点としては
①銀行を債権者とする取立委任をした手形及び手形取立金に対する商事留置権の成否
②建築請負代金債権を被担保債権とした不動産に対する留置権の成否
③信用金庫等の商人性(信用金庫等に商事留置権が成立するか)
があげられます。
2 手形及び手形取立金に対する商事留置権の成否
破産手続では、銀行を債権者とする取立委任をした手形及び手形取立金に対する商事留置権の成否がよく問題となります。取立委任をした手形及びその取立金についても、商事留置権は成立し、銀行取引約定書に基づき銀行は取立金を弁済に充当できるとする裁判例が多いようです(参考裁判例: 最判H10.7.14,最判H23.12.15、東京高判H24.3.14)。
最判H10.7.14(破産):手形(割引依頼をしたが割り引かれていなかったもの)に対する商事留置権を認めて、銀行取引約定書による手形の取立て、及び取立金の弁済充当を認めた判例
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甲社はY銀行に対し銀行取引約定書差入れ、借入れを行っていたところ、手形割引のために手形を差し入れたが、結局割り引かれることなく、破産手続開始決定がなされ、Xが破産管財人に選任されました。XはYに対し手形の返還を求めたものの、Yは応じることなく、手形を取り立てたうえで、甲社に対する債権の弁済に充当したことから、Xが、Yに対して、不法行為に基づき手形金相当額の支払請求を求めて提訴ました。
本判決は、以下のとおり説示し、Yの主張を認めました。
「破産財団に属する手形の上に存在する商事留置権を有する者は、破産宣告後においても右手形を留置する権能を有し、破産管財人からの手形の返還請求を拒むことができるものと解するのが相当である。けだし、破産法93条1項前段は、「破産財団ニ属スル財産ノ上ニ存スル留置権ニシテ商法ニ依ルモノハ破産財団ニ対シテハ之ヲ特別ノ先取特権ト看做ス」と定めるが、「之ヲ特別ノ先取特権ト看做ス」という文言は、当然には商事留置権者の有していた留置権能を消滅させる意味であるとは解されず、他に破産宣告によって右留置権能を消滅させる旨の明文の規定は存在せず、破産法93条1項前段が商事留置権を特別の先取特権とみなして優先弁済権を付与した趣旨に照らせば、同項後段に定める他の特別の先取特権者に対する関係はともかく、破産管財人に対する関係においては、商事留置権者が適法に有していた手形に対する留置権能を破産宣告によって消滅させ、これにより特別の先取特権の実行が困難となる事態に陥ることを法が予定しているものとは考えられないからである。そうすると、商事留置権を有するY銀行は、破産会社に対する破産宣告後においても、破産管財人Xによる本件手形の返還請求を拒絶することができ、本件手形の占有を適法に継続し得るものというべきである。
次に、Y銀行が自ら本件手形を取り立てて債権の弁済に充当することができるか否かについてみる。・・
銀行が右のような手形について、適法な占有権原を有し、かつ特別の先取特権に基づく優先弁済権を有する場合には、銀行が自ら取り立てて弁済に充当し得るとの趣旨の約定をすることには合理性があり、本件約定書四条四項を右の趣旨の約定と解するとしても必ずしも約定当事者の意思に反するものとはいえないし、当該手形について、破産法93条1項後段に定める他の特別の先取特権のない限り、銀行が右のような処分等をしても特段の弊害があるとも考え難い。・・・以上にかんがみれば、本件事実関係の下においては、Y銀行は、本件約定書4条4項による合意に基づき、本件手形を手形交換制度によって取り立てて破産会社に対する債権の弁済に充当することができるのであり、Y銀行の行為は、破産管財人Xに対する不法行為となるものではない。」
最判H23.12.15(再生):取立委任手形の取立金に対する商事留置権及び、弁済充当を認めた判例
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Xは、Y銀行に対して銀行取引約定書を差し入れ、借入れを行っていたところ、受取手形を取立委任のためにYに裏書譲渡をしていた状態で、Xは民事再生手続開始決定を受けました。Yは、Xの民事再生手続開始決定後に当該手形を取り立て、Xに対する債権の弁済に充当したため、Xは、不当利得返還請求権に基づき手形取立金の返還を求めて訴えを提起をしました。本判決は以下のように説示し、Xの請求を棄却しました。 「留置権は、他人の物の占有者が被担保債権の弁済を受けるまで目的物を留置することを本質的な効力とするものであり(民法295条1項)、留置権による競売(民事執行法195条)は、被担保債権の弁済を受けないままに目的物の留置をいつまでも継続しなければならない負担から留置権者を解放するために認められた手続であって、上記の留置権の本質的な効力を否定する趣旨に出たものでないことは明らかであるから、留置権者は、留置権による競売が行われた場合には、その換価金を留置することができるものと解される。この理は、商事留置権の目的物が取立委任に係る約束手形であり、当該約束手形が取立てにより取立金に変じた場合であっても、取立金が銀行の計算上明らかになっているものである以上、異なるところはないというべきである。したがって、取立委任を受けた約束手形につき商事留置権を有する者は、当該約束手形の取立てに係る取立金を留置することができるものと解するのが相当である。
そうすると、会社から取立委任を受けた約束手形につき商事留置権を有する銀行は、同会社の再生手続開始後に、これを取り立てた場合であっても、民事再生法53条2項の定める別除権の行使として、その取立金を留置することができることになるから、これについては、その額が被担保債権の額を上回るものでない限り、通常、再生計画の弁済原資や再生債務者の事業原資に充てることを予定し得ないところであるといわなければならない。・・・したがって、会社から取立委任を受けた約束手形につき商事留置権を有する銀行は、同会社の再生手続開始後の取立てに係る取立金を、法定の手続によらず同会社の債務の弁済に充当し得る旨を定める銀行取引約定に基づき、同会社の債務の弁済に充当することができる。」
東京高判H24.3.14(再生→破産):取立委任手形につき商事留置権を有する銀行は、民事再生手続開始決定後に同手形を取り立て、かつ民事再生手続が破産手続に移行した後に、その手形取立金を会社に対する債権の弁済に充当することができるとした裁判例
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甲社(再生債務者→破産者)は、銀行Yに取立委任手形を引き渡した状態で、民事再生手続開始がなされ、Yが当該手形金を取り立てた後、民事再生手続が廃止され、破産手続に移行して、Xが管財人に選任されました。XがYに対して当該手形取立金相当額の支払を求めて提訴したところ、Yが手形金に対する商事留置権に基づく弁済充当又は、手形金返還債務と貸金債権との相殺を主張して争ったところ、本判決は以下のように説示し、Xの請求を棄却しました。
「留置権は、他人の物の占有者が被担保債権の弁済を受けるまで目的物を留置することを本質的な効力とするものであり(民法295条1項)、留置権による競売(民事執行法195条)は、被担保債権の弁済を受けないままに目的物の留置をいつまでも継続しなければならない負担から留置権者を解放するために認められた手続であって、上記留置権の本質的な効力を否定する趣旨のものでないから、留置権者は、留置権による競売が行われた場合には、その換価金を留置することができるものと解される。このことは、銀行の商事留置権の目的物が取立委任に係る手形等であり、当該手形等が取立てにより取立金に変じた場合であっても、取立金が銀行の計算上明らかになっているものである以上、異なるところはないというベきである。
したがって、取立委任を受けた手形等につき商事留置権を有する銀行は、当該手形等の取立てに係る取立金を留置することができるものと解される。・・・そうすると、会社から取立委任を受けた手形等につき商事留置権を有する銀行は、同会社の再生手続開始後にこれを取り立てた場合であっても、民事再生法53条2項の定める別除権の行使としてその取立金を留置することができることになるから、これについては、その額が被担保債権の額を上回るものでない限り、通常、再生計画の弁済原資や再生債務者の事業原資に充てることを予定し得ないところであるといわなければならない。・・・したがって、会社から取立委任を受けた手形等につき商事留置権を有する銀行は、同会社の再生手続開始後の取立てに係る取立金を、法定の手続によらず同会社の債務の弁済に充当し得る旨を定める銀行取引約定に基づき、同会社の債務の弁済に充当することができる(平成23年最高裁判所参照)。 ・・・本件取立金を法定の手続によらず債務の弁済に充当できる旨定める銀行取引約定における本件条項は、破産法上も有効であると解するのが相当であり(平成10年最高裁判所〔手形につき商事留置権を有する者は、債務者が破産手続開始決定を受けた後においても、当該手形を留置する権能を有し、破産管財人からの手形の返還請求を拒むことができる旨を判示する。〕、平成23年最高裁判所参照)、これに基づいて行われた本件弁済充当が無効とされる理由はない。」
3 建築請負代金債権を被担保債権とした留置権の成否
デベロッパーの破産時に問題となるのが、請負業者が建築請負代金を被担保債権として建設中建物に対する留置権が土地に及ぶか、土地に及ぶとして、土地の抵当権者との優劣関係です。
まず、不動産(建物)に対する商事留置権が成立するか否かが問題となりますが、成立するとする裁判例が趨勢です。
次に建物に対する留置権が土地に及ぶか否かが問題となりますが、こちらは及ばないとする裁判例が多いようです。
最後に、仮に、請負業者の商事留置権の効力が土地に及ぶとしても、底地に設定されている銀行の抵当権と対抗関係に立つことなります。そして、建物建設は土地取得の後になるので、請負人は抵当権者に対抗できないとする裁判例が多いようです。
上記の各論点に関する裁判例などは以下のリンク先をご参照下さい。
4 信用金庫等が当事者の場合
信用金庫,信用協同組合,農業協同組合,漁業協同組合はいずれも商人性が否定されています(最判S63.10.18 最判S48.10.5 最判S37.7.6 最判S42.3.10)ので,これらについては商事留置権は成立しないと解されます。
最判S63.10.18 | 信用金庫の商人性を否定した判例 |
最判S48.10.5 | 信用協同組合の商人性を否定した判例 (ただし、商人たる組合員に貸付をするときは、商法の適用があるとしている) |
最判S37.7.6 | 農業協同組合の商人性を否定した判例 |
最判S42.3.10 | 漁業協同組合の商人性を否定した判例 |