このページは破産法(倒産法)における、動産売買先取特権にかかる論点及び裁判例を説明しています。

担保権のことを破産法では「別除権」という表現をしていますので、別除権という用語も出てきますが、担保権の意味です。

なお、破産手続における担保権が認められる要件、行使方法、管財人の対応などについては以下のリンク先をご参照下さい。

1 破産手続における動産売買先取特権の取扱

動産売買先取特権につき、破産法上は特段の定めはありませんので、原則通り、破産手続によらないで、権利行使をすることが可能です(破産法65条1項)。

従前は動産売買先取特権に基づく差押えは必ずしも容易でありませんでしたが、民事執行法の平成15年改正により、執行官が債務者の占有する場所に立ち入り、探索することが可能となったため(民事執行法192条、123条2項)、差押えが容易となり動産売買の先取特権は行使しやすくなりました。もっとも、先取特権者の実行手続により差押がなされない限り、管財人が目的動産を換価しても、破産管財人の不法行為(または不当利得)には該当しないと解されますので(参考裁判例:東京地判H3.2.13、東京地判H11.2.26)、担保権者が権利行使するのであれば、破産管財人が売却をするまでに差押等をする必要があると考えられます。

2 論点及び裁判例の整理

1 と重なる部分もありますが、破産法(倒産法)における動産売買先取特権に関する論点を整理すると以下のようになります。

⑴ 破産手続開始後の行使の可否

判例は、動産売買先取特権の行使(物上代位を含む)は、買主に破産手続が開始された後でも行使可能であるとしています(最判S59.2.2)。よって、破産者に対して物を売却した売主は、破産手続開始後も動産売買先取特権(物上代位を含む)を行使することが可能と解されます。

最判S59.2.2(破産):動産売買先取特権に基づく物上代位は、買主に破産手続が開始された後でも行使可能であるとした判例

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甲社に対して工作機械を売却したYが、甲社に破産手続開始決定がなされXが破産管財人に選任された後に、動産売買先取特権に基づく物上代位として、甲社が当該工作機械を転売したAに対する代金債権に対して債権差押・転付命令を得たところ、Aは当該代金債権相当額を供託した。そこで、XがYに対し、当該供託金の還付請求権がXにあることの確認を求めて訴えを提起したところ、本判決は、以下のように説示し、Yの主張を認めた。
「民法304条1項但書において、先取特権者が物上代位権を行使するためには金銭その他の払渡又は引渡前に差押をしなければならないものと規定されている趣旨は、先取特権者のする右差押によつて、第三債務者が金銭その他の目的物を債務者に払渡し又は引渡すことが禁止され、他方、債務者が第三債務者から債権を取立て又はこれを第三者に譲渡することを禁止される結果、物上代位の対象である債権の特定性が保持され、これにより物上代位権の効力を保全せしめるとともに、他面第三者が不測の損害を被ることを防止しようとすることにあるから、第三債務者による弁済又は債務者による債権の第三者への譲渡の場合とは異なり、単に一般債権者が債務者に対する債務名義をもつて目的債権につき差押命令を取得したにとどまる場合には、これによりもはや先取特権者が物上代位権を行使することを妨げられるとすべき理由はないというべきである。そして、債務者が破産宣告決定を受けた場合においても、その効果の実質的内容は、破産者の所有財産に対する管理処分権能が剥奪されて破産管財人に帰属せしめられるとともに、破産債権者による個別的な権利行使を禁止されることになるというにとどまり、これにより破産者の財産の所有権が破産財団又は破産管財人に譲渡されたことになるものではなく、これを前記一般債権者による差押の場合と区別すべき積極的理由はない。したがつて、先取特権者は、債務者が破産宣告決定を受けた後においても、物上代位権を行使することができるものと解するのが相当である。」

⑵ 行使の時間的限界

破産管財人が動産売買先取特権の対象物を売却し代金を回収した後は、売主は動産売買先取特権の行使はもちろん、不当利得返還請求もできないと解されます(参考裁判例:東京地判H3.2.13、東京地判H11.2.26

東京地判H11.2.26(破産):動産売買先取特権の担保権者の破産管財人に対する優先弁済権の主張を否定した裁判例

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甲社は、Xより動産を仕入れAに当該動産を転売した後に、破産手続開始決定がなされ、管財人Yが選任されました。YがAから当該動産の売買代金を手形にて回収したところ、Xが、Yに対し、動産売買先取特権を根拠に、主位的には物上代位権による優先弁債権を有することの確認と当該手形金の支払を求め、予備的に、回収した手形金相当額について不当利得返還請求を求めて、訴えを提起したところ、 本判決は、「動産売買の買主が破産宣告を受けた場合に、その売主が、右買主の破産管財人が受領した当該動産の転売代金について、動産売買先取特権に基づき、差押えをすることなく、物上代位による優先弁済権を主張できると解することは相当ではなく」、不当利得返還請求もできないとしてXの請求を棄却しました。

東京地裁H3.2.13(破産):動産売買の先取特権の物上代位として転売代金債権を仮差押えした後、債務者の破産管財人が第三債務者の供託金の払渡しを受けた場合、物上代位権は消滅し、かつ破産管財人の不法行為も否定されるとした裁判例

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甲社に売買代金債権を有するXが、動産売買先取特権の物上代位として、甲社のAに対する転売代金に対して仮差押えをしたところ、甲社に破産手続開始決定がなされ、Yが管財人に選任された。Aが仮差押債権相当額を供託したところ、Yが供託金の払戻したので、XはYに対し主位的には動産売買先取特権を有することの確認を求めて、予備的にはXの先取特権が消滅したとすればYの不法行為に基づくものであるとして損害賠償請求訴訟を提起したが、本判決は、以下のように判示してXの請求を棄却した。「金銭債権につき将来における強制執行を保全する目的でされた仮差押は、先取特権に基づく物上代位権行使の要件である『差押」(民法第304条第1項)に当たらないものと解するのが相当である。・・・したがって、動産売買の先取特権に基づく物上代位権行使のための差押は、転売代金債権に対する差押の方法によるべきであって、仮差押の方法によることはできないものというべきであるし、右転売代金債権について強制執行保全のための仮差押がなされた後に債務者が破産宣告を受けた場合には、破産財団に対しては右仮差押の効力が失われる結果(破産法第70条第1項本文)、右転売代金債権につき第三債務者による弁済又は破産管財人による債権譲渡等の処分が行われる前に、改めて破産管財人に対して先取特権に基づく物上代位権行使のための差押をしない限り・・・、破産管財人に対して優先弁済権を主張できないものというべきである。これを本件についてみるに、・・・物上代位権の実行手続としての本件債権の差押命令は、その効力を生ずるに由ないものというべきである。・・・Yが本件供託金の払渡しを受けたためにXの先取特権が消滅したことは右にみたとおりであるが、Yの右行為が破産管財人としての善管注意義務に違反するものではなく、違法といえないことは、右に説示したところから明らかである。したがって、X主張の不法行為は成立しないものというほかはないから、右予備的請求は理由がない。

よって、管財人は、差押えがなされない限り動産売買先取特権の対象物を売却をすることは可能であり、その場合、売主に対して不当利得返還請求等を負うことはないと考えられます。
なお、民事再生の場合は、当該取引先から継続的に仕入れる必要がある場合には、事業継続の観点から、一定の和解を検討すべき場合もあるかもしれません。

⑶ 行使方法

通常の行使方法によります。

なお、動産売買先取特権については、特段の事情のない限り、別除権の届出をしないことにより別除権としての権利行使が制限されるとは解されます(東京高決H14.3.15)。

東京高決H14.3.15(再生) 動産売買先取特権について、民事再生法94条2項の届出(別除権不足額等の届出)がないとしても権利行使が認められるとした事案

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再生債務者Xの民事再生手続において、債権者Yは再生債権を届け出たが、その際に、別除権の届出をしませんでした。その後、Yは、動産売買先取特権に基づく物上代位により、XのAに対する転売代金債権に対する債権差押命令を取得しました。これに対してXは、執行抗告を申立て、Yが債権届出の際に、別除権の届出をしなかったことにより、Yが別除権を放棄したとして争ったところ、本決定は以下のように判示しました(ただし、結論としては、弁済により被保全権利が消滅しているとしてXの主張を認めています)。
「民事再生法によれば、民事再生手続において別除権者は、別除権の行使によって弁済を受けることができない部分についてのみ再生債権者として手続に参加し(88条)、再生債権の届出においては、別除権の目的及び別除権の行使によって弁済を受けることができないと見込まれる債権の額を届け出なければならない(九四条二項)とされている。したがって、相手方のした前記の債権届出が別除権(先取特権)者の届出としては、これらの規定に沿うものでないことは否定できない。
 しかし、先取特権については種々の発生原因が存する(民法306条ないし328条)が、これを本件で問題となっている動産売買に基づく先取特権(同法322条)についてみるならば、同先取特権者にとって再生債務者の財産中に先取特権行使の対象となる財産が存するか否かを覚知することが必ずしも容易でない場合があることは容易に推認される。したがって、民事再生手続の開始が決定された後、再生債権届出期間内(本件では一月弱)にこの点を過不足なく調査し、上記の規定に沿って的確な届出を期待することは実際問題としては相当困難である。そして、別除権(先取特権)としての届出がされなければ当該権利の行使ができなくなると解するとすれば、失権をおそれて一定の可能性があればその旨の届出をすることになろうが、結果として先取特権の行使が功を奏しない場合には時機を失して一般再生債権としての弁済も受けられない可能性が大きい。そうすると、上記のような解釈は債権届出に際して先取特権行使の可能性がある者に二者択一の厳しい選択を迫るもので、民事再生手続における債権者側に不合理な負担を過重に課するものといわなければならない。」
 「これらのことからすれば、民事再生手続において、動産売買に基づく先取特権者が民事再生法94条2項に規定する届出をせず、一般再生債権としての届出をしたとしても、それが同先取特権行使の対象となる財産があることを知りながら、あえて一般再生債権としての届出をし先取特権を放棄したものと認めるべき特段の事情でもない限りは、その一事をもって別除権としての権利行使が制限されるとまで解することは相当でない。このように解することは、その後の再生計画等に一定の変更を余儀なくさせ、債務者の再生に支障を生じさせるおそれのあることは否定できないが、上記民事再生法94条2項の届出にそれがない場合に失権効を生じさせるような大きな意味を持たせることが同条の趣旨であるとは解し難い。・・・本件では相手方に上記特段の事情があると認めるべき資料もない・・・」