このページは支払不能、支払停止の概念について説明をしています

支払不能、支払停止という概念は、法的倒産手続において重要な概念です。開始決定事由の有無、否認該当行為の要件、相殺禁止の要件などで出てきます。

裁判例も多いところです

1 支払不能とは

支払不能とは「債務者が支払能力を欠くために、その債務のうち弁済期にあるものにつき、一般的かつ継続的に弁済することができない状態」をいいます(破産法2条11項)。

定義から明らかですが、弁済期未到来のものについて弁済ができない可能性があっても支払不能とはいえないとされています(東京地判H19.3.29,東京地判22.7.8)。もっとも、特定の債務については弁済できていても総債務についての弁済能力に欠ける場合に支払不能とする裁判例もあり(和歌山地判R1.5.15)、その判断は微妙です。

東京地判H19.3.29(破産)/東京地判H22.7.8(破産) 
支払不能であるか否かは、弁済期の到来した債務について判断すべきであり、弁済期未到来の債務を将来弁済することができないことが確実に予想されたとしても、弁済期の到来した債務を現在支払っている限り、支払不能ということはできないとしました。

和歌山地判R1.5.15(破産)

裁判例の詳細を見る
破産会社甲の破産管財人Xが、甲のメインバンクYに対し、破産手続開始決定直前の弁済につき破産法162条1項2号に基づき否認した事件で、本判決は以下のように説示して、Xの請求を一部認めました。
「〈1〉甲は、平成27年3月末時点で、A銀行に対する本件借入金債務について支払猶予を得ることができずに履行遅滞に陥り、保証人における弁済がなされる段階に至っていたこと、〈2〉甲は、その後も、A銀行以外の債権者に対する債務を弁済して事業を継続していたものの、6月には、同月30日の支払について多額の資金不足が見込まれたこと、〈3〉Yが、同日、6800万円の本件融資を、工事対応貸出ではない形で特例的に実行したことによって、甲は同日の支払を行うことができたものの、その支払期限である7月30日までに返済原資を調達する具体的な見通しはなかったこと、〈4〉甲が同月中旬頃にYに提出した日繰表では、本件融資の返済分を無視しても、同月31日の支払について約8370万円の資金不足が予想されていたこと、〈5〉Yは、同月24日、甲に対し、本件融資のような特例的な融資は実施しないことを明確にしたこと、〈6〉・・・同月31日までに8370万円程度もの工事対応貸出しを受けるために十分な新規受注を受ける現実的な可能性はなかったこと、〈7〉甲がY以外の金融機関から融資を受ける見込みは、同月時点でなくなっていたことが、それぞれ認められる。
 以上によれば、甲は、7月24日の時点で、同月31日の資金不足による事業停止を回避できないことが確定的となり、その結果、既に遅滞に陥っていたA銀行に対する約3000万円もの本件借入金債務について、支払能力を回復する見込みも失ったものというべきである。よって、支払不能該当性の判断に当たって、弁済期の到来した債務の支払可能性のみを考慮すべきであるとの見解を前提にしても、甲は、同月24日をもって、支払不能に至ったと認められる。」

大阪地判H22.3.15(民事再生)
任意整理が先行している場合、任意整理が開始していることが「支払不能」にあたると解されるとした裁判例

東京高決S33.7.5
支払不能であれば支払停止につき判断する必要はないとした裁判例

広島高判H29.3.15 具体的な再建計画など無いなか、役員が個人資産を補填することで弁済期の債務を支払うことで事業を継続している状態をもって「支払不能」とした事例

裁判例の詳細を見る
破産者甲社は、事業を継続して、一応弁済期にある債務を支払っており、さらに、甲の代表取締役であったAに事業継続の意思があった。しかし、他方で、甲は、取引先の各金融機関に対し支払猶予等負担の軽減を求め続けていたこと、Aは甲に対し貸付するなどしたものの、甲は営業損失を計上する状況であった。さらに、甲は、取引先の各金融機関に対し、平成25年10月書面を送付し、その中で、返済原資を確保することを計画したが、目標を達成できず、その結果、代表者であるAが資金を補填して返済を続けている状況であるなどと記載していたこと、Aが投入できる資金がなくなったため、Bに対し甲への貸付を求めざるを得ない状況となっていたこといった事情があった。本判決は、それらの点を踏まえ「甲は、・・・事業を継続しており、また、一応弁済期にある債務を支払っており、さらに、甲の代表取締役であったAに事業継続の意思があったことは認められるものの、・・・破産者においては、具体的な再建計画はなく、また、・・・取引先の各金融機関からの借入金の返済に向けての具体的な目途も全くなかったもので、代表取締役であったAは、これらの状況を十分認識していながら、返済の見込みのないからの借入によって弁済期にある債務を支払って、事業を継続していたものにすぎないから、破産者は、遅くとも同日時点では、破産法にいう「支払不能」の状態にあったものと認めるのが相当である。」としました。

名古屋地岡崎支判H27.7.15 破産会社が、返済の見込みのない借入につき、融通手形の割引によって延命を図られていた状態であることをもって支払不能とされた事例(控訴後和解)

裁判例の詳細を見る
「支払不能とは、債務者が、支払能力を欠くために、その債務のうち弁済期にあるものにつき、一般的かつ継続的に弁済することができない状態をいい(破産法2条11号)、財産、信用又は労務による収入のいずれをとっても、債務を支払う能力がないことをいうものと解すべきである。
 そこで、本件についてみると、上記認定のとおり、破産会社は、・・・既に税金を滞納する事態になっていた上、数年にわたり、Yより、毎月2回、約6か月後を支払期限とする甲振出の融通手形の割引を受けて、その金額で支払期限の到来した融通手形の甲の決済資金を捻出するということを継続し、同年3月末日時点での破産会社のYに対する負債のみでも、10億6000万円余に上り、そのうち、大半が融通手形である割引手形が約5億9000万円に上り、毎月約1億円の決算資金をEに送金しないと、手形の遡求に応じなければならない立場にあったのに対し、破産会社においては、当時の売上総利益ですら月額1000万円余であり、営業利益に至っては月額200万円ほどしかなかったものである・・・。その他、融通手形の決済をすべてできるほどに資金調達が可能であったと認めるに足りる証拠はない。そうすると、破産会社は、返済の見込みのない借入につき、融通手形の割引によって延命を図られていた状態であることは明らかである。
 したがって、・・・破産会社は、既に一般的かつ継続的に弁済をすることができない支払不能の状態にあったというべきである。」

高松高判H26.5.23 1年以上にわたって粉飾を継続してメインバンクからの融資を受けてきたことや、メインバンク以外からの借入れによる資金調達を行うことが困難であったことなどの事情から、支払不能であったと認められるとした事例(同種裁判例:広島高判H29.3.15

裁判例の詳細を見る
「支払不能とは、債務者が支払能力を欠くために、その債務のうち弁済期にあるものにつき、一般的かつ継続的に弁済することができない状態をいう(破産法162条1項1号イ、2条11項)。支払不能は、弁済期の到来した債務の支払可能性を問題とする概念であることから、支払不能であるか否かは、弁済期の到来した債務について判断すべきであり、弁済期が到来していない債務を将来弁済できないことが確実に予想されても、弁済期の到来している債務を現在支払っている限り、原則として支払不能ということはできない。
 しかし、債務者が弁済期の到来している債務を現在支払っている場合であっても、少なくとも債務者が無理算段をしているような場合、すなわち全く返済の見込みの立たない借入れや商品の投げ売り等によって資金を調達して延命を図っているような状態にある場合には、いわば糊塗された支払能力に基づいて一時的に支払をしたにすぎないのであるから、客観的に見れば債務者において支払能力を欠くというべきであり、それがために弁済期にある債務を一般的かつ継続的に弁済することができない状態にあるのであれば、支払不能と認めるのが相当である。
 なお、このように解したとしても、支払不能後になされた行為の否認や、支払不能後に取得又は負担した債権債務に係る相殺の禁止との関係では、いずれも債務者が支払不能であったことを知っていたことが要件とされているから、債権者等の利害関係人に不測の不利益を与えるおそれもないものと解される(破産法162条1項1号イ、71条1項2号、72条1項2号参照)。
 ・・・破産会社は、メインバンクであるとともに唯一の取引金融機関である被控訴人から多額の借入れを繰り返しており、・・・Yの破産会社に対する手形貸付残高は、・・・1か月につき億単位で増加の一途をたどっている・・・政府系の金融機関も含めて融資を受けることは困難な状況にあったし、・・・破産会社がY以外の金融機関やグループ企業、あるいは取引先等から借入れをして資金調達を行うことが困難な状況にあったことは明らかである。
 そうすると、・・・破産会社が取引先への支払をすることができていたのはYの融資が継続されていたからこそであり、Yからの融資が受けられないとなれば、破産会社においては直ちにその支払に窮していたものと認められ、少なくとも、破産会社において・・・にYから2億円の融資が受けられなかったとすれば、同日に弁済期が到来する人件費や外注工賃等の支払ができなかったことは明らかである。
 ・・・破産会社においては、・・・に弁済期が到来した上記債務等について支払はしているものの、これは、その船別収支実績を粉飾してYいわば欺罔することにより、本来は受けられなかったはずの融資を取り付けて資金調達をしたことによるものにすぎず、破産会社において無理算段をしたものというほかないから、客観的に見れば、破産会社が支払能力を欠いていたことは明らかである。また、破産会社は、同日に弁済期が到来する上記債務のみについて一時的ないしは暫定的にかかる粉飾に及んだなどというのではなく、前記のとおり、1年以上にわたって船別収支実績予想表の粉飾を継続して融資金を債務の弁済に充てるとの対応を繰り返して窮地をしのいできたのであるから、破産会社が、弁済期の到来した債務につき一般的かつ継続的に弁済することができない状態にあったことも疑いようのないところである。
 そして、このような破産会社の状態は、本件弁済がなされた・・・の時点に至るまで何ら変わりがなかったのであるから、破産会社は同時点において支払不能であったと認めるのが相当である。」

広島高判H29.3.15 返済見込みのない借入によって弁済期にある債務を支払っている場合などは支払不能にあるとした裁判例

裁判例を確認する
破産者甲が、メインバンクXに対して、売掛金債権を譲渡担保に供し、受取手形を交付したところ、Xは受取手形を取り立てて破産者に対する債権回収を図ったが、破産者の破産管財人Yが上記債権譲渡を破産法162条1項1号イに基づき否認請求し、破産裁判所が否認請求を認容する決定をしたことから、Xが同決定の取消を求めて異議の訴えを提起したのが本件です。本判決は以下のように説示して、Xの請求を認めました。
「破産法にいう「支払不能」とは、債務者が、支払能力を欠くために、その債務のうち弁済期にあるものにつき、一般的かつ継続的に弁済することができない状態をいうところ(2条11項)、支払不能は、客観的な状態であり、債務者自身が支払能力があると判断していたとしても、客観的には支払不能と判断されることを左右するものではないというべきであるし、また、返済の見込みのない借入によって調達した資金によって弁済期にある債務を支払っている場合や再建計画が明らかに合理性を欠き、支払不能の時期を先送りにする目的で現在弁済期にある債務につき期限の猶予を得たような事例については、支払不能と判断されるというべきである。」

東京地判H28.7.20 破産手続開始決定の4年以上前の支払不能を認定し、否認を認めた事例

裁判例を確認する
破産者甲社の破産管財人Xが、甲社の破産手続開始決定の約4年8月前に、Yが甲から自動車を贈与された(代金未払)として、否認権を行使したのが本件です。本判決は、以下のように説示して、支払不能を認定しました。
「甲は、・・・・当期純損失が1750万円余り生じ、資産状況も1380万円余りの欠損を生じていたこと、甲らは、本件売買契約の締結当時、別件損害賠償請求訴訟で問題となった5億4848万0010円の金員を詐取した旨主張され、・・・上記損害賠償請求権の回収ができないから支払不能であるとして甲に対して破産を申し立て本件破産手続が開始されるに至ったこと、・・・・甲は、本件売買契約当時、Aらから請求を受けるであろう損害賠償請求権について弁済するだけの資産を保有していなかったため、本件仮差押命令の発令を受けて、Yとの間で本件債務承認抵当権設定契約を締結して甲らの不動産に抵当権を設定するなどして財産を隠匿し、Aらによる債権の回収を妨害しようとしていたものの、結局上記損害賠償請求権が原因となって破産に至ったものと認められるから、甲は本件売買契約当時支払不能が発生することが予想される時期(実質的危機時期)にあったと認めるのが相当である。

東京地判H30.2.27 破産者が破産手続開始決定の約4、5か月前にした銀行に対する弁済や社債の償還期限前の買入消却手続などが、弁済期にある買掛金につき、支払ができない旨の立証がなく、支払不能後の弁済とは言えないとした裁判例

東京地判R5.9.29 各金融機関にリスケを依頼したが、同意を得らることはできない状態になったことをもって、「支払不能」に該当するとした裁判例

裁判例を確認する
X銀行が甲社に貸付をした後、甲社に売掛金の入金先をX銀行の甲社名義の預金口座に変更するように依頼し、変更されました。その後、甲社は各金融機関にリスケを依頼したが、同意を得らることはできない状態で甲社は売掛金をX銀行に対して集合債権担保を設定しました。その後甲社は会社更生手続開始決定を受けたため、X銀行が売掛金の担保を実行したのに対し、甲社の更生管財人Yは否認請求をし認められたため、XがYに対して異議の訴えを提起したのが本件です。本判決は、支払不能について、以下のように説示しました。
「甲社は、令和2年7月29日付けで全取引金融機関に対し借入債務の元本につき令和3年7月末日までの返済猶予を申し入れ、令和2年9月30日までに全取引金融機関から当該申入れに対する同意を取得し、その後、順次、返済期限を令和3年7月末日頃までに変更する旨の変更契約等を締結した結果、更生会社の借入債務のうち約119億円については、遅くとも同年8月2日が返済期限とされたものである・・・。その後、甲社は、返済期限の約1か月前の令和3年7月8日の取引金融機関に対する説明会において、2021年度計画の提示とともに上記借入債務につき令和4年7月末日まで更に1年間返済猶予をするよう申し入れたが・・・、同意を得られる見込みがなかったことから、令和3年7月16日付けで、同年8月下旬までの2021年度計画の修正案の提示及び同年9月30日までの返済猶予を更に申し入れた・・・。しかし、その後もC銀行ら5社の本件要請事項を満たす修正案を提示することができず、借入債務の返済期限である令和3年8月2日以降の返済猶予ないし同日以降の分割弁済につき、全取引金融機関からの同意を取得することができないまま、更生手続開始の決定を受けるに至ったものである・・・。これらの事情によれば、甲社の取引金融機関に対する借入債務のうち、少なくとも約119億円については、遅くとも令和3年8月2日の時点で返済期限が到来していたものであり、甲社と取引金融機関との間で、新たな期限の利益を付与する旨の合意がされたとは認められない。そして、甲社の現預金残高は、令和3年7月末日時点で11億5531万8959円にすぎず、その後の月末預金残高がこれを超えることはなく、令和4年1月末日時点の現預金残高は2億7277万8198円であったこと・・・、甲社が、その後令和3年8月から令和4年2月までの約半年間に取引金融機関に実際に弁済することができた元本額は合計9億6304万円にすぎず、弁済期の到来していた上記約119億円の借入債務のごく一部にとどまっていたこと・・・、他の関連企業から上記借入債務を返済するに足りる資金調達をすることができた様子も窺われないことに照らすと、甲社は、遅くとも令和3年8月2日の時点で、支払不能(支払能力を欠くために、その債務のうち弁済期にあるものにつき、一般的かつ継続的に弁済することができない状態)に陥り、本件債権譲渡がされた令和4年1月27日時点でも、その状態が継続していたものと認められる。」

2 支払停止とは

「支払停止」とは支払不全を外部に表示する債務者の行為です(最判S60.2.14など)
債務者が支払を停止したときは支払不能にあるものと推定されます(破産法15条2項)。
支払停止が債務者の行為であるのに対し、支払不能は客観的な状態を指します。

近時、再建型私的整理から法的処理に移行した場合に、再建型私的整理時に債権者に送付した支払猶予の通知が「支払停止」に該当するかが問題となっています。東京地裁H23.12.24や、最判H24.10.19須藤正彦裁判官の補足意見において、「支払停止」に該当しないとされています。

【参考裁判例】

最判H6.2.10(破産)1回目の手形不渡りで支払停止と判断されるとした判例

最判S60.2.14(破産) 弁護士と相談をして破産申立の方針を決めただけでは、支払停止とはいえないとした判例

裁判例の詳細を見る
甲は、Yから融資を受け、その担保に抵当権設定仮登記の原因たる契約を締結していたところ、資金繰りに窮し、弁護士Aに相談のうえ、破産を申立てる方針を決めた。甲がAに相談した直後に、Yは、甲を訪ね、登記手続きに必要な書類を受け取り、甲が破産手続開始を申立てた日に、仮登記手続を終了しました。
甲の破産管財人に選任されたXは、Yの行った仮登記を否認し、Yに対し、否認登記手続を求める訴えを提起したところ、第1審はXの請求を棄却、控訴審はXの請求を認容したため、Yが上告しました。 本判決は、「破産法74条1項『支払ノ停止』とは、債務者が資力欠乏のため債務の支払をすることができないと考えてその旨を明示的又は黙示的に外部に表示する行為をいうものと解すべきところ、債務者が債務整理の方法等について債務者から相談を受けた弁護士との間で破産申立の方針を決めただけでは、他に特段の事情のない限り、いまだ内部的に支払停止の方針を決めたにとどまり、債務の支払をすることができない旨を外部に表示する行為をしたとすることはできないものというべきである。」として、破棄差し戻しとした。

大阪地判H21.4.16(更生)弁済期が近日中に到来する予定の債務に対してあらかじめ支払うことができない旨表示する行為も「支払停止」含まれるとして、対抗要件否認が認められた事例

裁判例の詳細を見る
更生管財人が、抵当権設定登記手続行為が支払停止後の対抗要件充足行為に当たるとして、否認権に基づき抵当権設定登記否認登記手続等を求めた事案において、本判決は「会社更生法88条1項が支払停止等後における権利変動の対抗要件の否認を認めている趣旨は、原因行為後の相当期間内に対抗要件を充足しない取引が一般債権者の信頼を裏切る秘密取引であり、かかる対抗要件充足行為を否定することによって、債権者平等の原則や公平の理念を図る点にあるとともに、管財人による否認権行使を支払停止等後に制限することによって、取引の相手方の予見可能性を保障する点にあるので、『支払の停止』とは、債務者が資力欠乏のため債務の支払をすることができないと考えてその旨を明示的又は黙示的に外部に表示する行為をいうものと解すべきであり(最高裁第一小法廷判決昭和60年2月14日・集民144号109頁参照)、上記支払停止には、弁済期の到来した債務に対する支払停止行為だけでなく、弁済期が近日中に到来する予定の債務に対してあらかじめ支払うことができない旨表示する行為も含まれると解すべきである。そして、黙示的な支払停止行為の存否を判断するに当たっては、本条の趣旨が取引の相手方の予見可能性を考慮していることも踏まえて、黙示的表示行為に至る経緯、黙示的表示行為が債務者の信用に及ぼす影響、黙示的表示行為から窺える債務者の意図及び取引の相手方の属性等を総合的に考慮する必要があるというべきである。」と判示しました。

高松高判H22.9.28(破産) 破産会社代表者の倒産を示唆する発言は、支払停止とはいえないとした裁判例

裁判例の詳細を見る
マンション建設・販売業者甲社の破産管財人Xが、甲所有不動産に抵当権を設定していた破産債権者Yが申立てた競売申立事件において、甲社の代表者が倒産を示唆する発言をYに対して行っていたことが支払停止にあたると主張して抵当権設定行為に対し否認権を行使し、配当表異議訴訟を提起しました。本判決は「破産会社代表者の倒産を示唆する発言があったとしても、本件全証拠に照らしても、それは所詮は、個人的な弱音を吐いた域を超えるものとまでは認められず、破産会社が、弁済能力の欠乏のために弁済期が到来した債務を一般的かつ継続的に弁済することが出来ない旨を外部に表示したものとまでは認められない。」とした。

最判H24.10.19(破産) 給与所得者の破産において、代理人弁護士の債務整理開始通知が「支払停止」にあたるとした判例。なお、本判例には、須藤正彦裁判官(弁護士ご出身)の補足意見が付されています。

裁判例の詳細を見る
東京都の職員である甲が債務整理を委任した弁護士らは甲の代理人として、Yを含む甲の債権者一般に対し、「当職らは、この度、後記債務者から依頼を受け、同人の債務整理の任に当たることになりました。」、「今後、債務者や家族、保証人への連絡や取立行為は中止願います。」などと記載された債務整理開始通知を出したが、甲の債務に関する具体的な内容や債務整理の方針、さらには自己破産の申立てにつき受任した旨も記載されていませんでした。その後、甲がYに対し、合計17万円の債務を弁済した後、甲は破産手続開始決定を受け、管財人に選任されたXが、否認権を行使し、Yに対して弁済金相当額の支払いを求めて提訴しました。
第1審はXの請求を認めましたが、控訴審がXの請求を棄却したため、Xが上告しました。
本判決は「破産法162条1項1号イ及び3項にいう『支払の停止』とは、債務者が、支払能力を欠くために一般的かつ継続的に債務の支払をすることができないと考えて、その旨を明示的又は黙示的に外部に表示する行為をいうものと解される(最高裁昭和59年(オ)第467号同60年2月14日第一小法廷判決・裁判集民事144号109頁参照)。これを本件についてみると、本件通知には、債務者である甲が、自らの債務の支払の猶予又は減免等についての事務である債務整理を、法律事務の専門家である弁護士らに委任した旨の記載がされており、また、甲の代理人である当該弁護士らが、債権者一般に宛てて債務者等への連絡及び取立て行為の中止を求めるなど甲の債務につき統一的かつ公平な弁済を図ろうとしている旨をうかがわせる記載がされていたというのである。そして、甲が単なる給与所得者であり広く事業を営む者ではないという本件の事情を考慮すると、上記各記載のある本件通知には、甲が自己破産を予定している旨が明示されていなくても、甲が支払能力を欠くために一般的かつ継続的に債務の支払をすることができないことが、少なくとも黙示的に外部に表示されているとみるのが相当である。そうすると、甲の代理人である本件弁護士らが債権者一般に対して本件通知を送付した行為は、破産法162条1項1号イ及び3項にいう『支払の停止』に当たるというべきである。」としてXの請求を認める破棄自判をしました。
須藤裁判官の補足意見を見る
一定規模以上の企業、特に、多額の債務を負い経営難に陥ったが、有用な経営資源があるなどの理由により、再建計画が策定され窮境の解消が図られるような債務整理の場合において、金融機関等に『一時停止』の通知等がされたりするときは、『支払の停止』の肯定には慎重さが要求されよう。このようなときは、合理的で実現可能性が高く、金融機関等との間で合意に達する蓋然性が高い再建計画が策定、提示されて、これに基づく弁済が予定され、したがって、一般的かつ継続的に債務の支払をすることができないとはいえないことも少なくないからである。たやすく『支払の停止』が認められると、運転資金等の追加融資をした後に随時弁済を受けたことが否定されるおそれがあることになり、追加融資も差し控えられ、結局再建の途が閉ざされることにもなりかねない。反面、再建計画が、合理性あるいは実現可能性が到底認められないような場合には、むしろ、倒産必至であることを表示したものといえ、後日の否認や相殺禁止による公平な処理という見地からしても、一般的かつ継続的に債務の支払をすることができない旨を表示したものとみる余地もあるのではないかと思われる。このように、一定規模以上の企業の私的整理のような場合の『支払の停止』については、一概に決め難い事情がある。」

東京地決H23.11.24(会社更生) 事業再生ADRから会社更生へ移行した場合の否認権行使の要件について判示した裁判例

裁判例の詳細(支払停止に関する説示部分)を見る
甲社は、乙社グループが所有する不動産の管理・運営等を行う株式会社、X銀行は、乙社の債権者であった。平成22年11月中旬頃、乙社グループにおける不適切な会計処理が発覚するところとなったため、甲社を含む乙社グループは、平成22年12月20日、事業再生ADR手続の利用を申請し、同日受理されました。受理数日後、Xは甲社との間で締結した平成21年10月30日付け根抵当権設定契約(債務者を乙社、根抵当権者をX、とするもの。)に基づき、各不動産に根抵当権設定仮登記を具備しました。その後、乙社グループは、平成23年1月24日、事業再生ADRの正式申込みを行い、同日、Xを含む各金融機関に対して書面で一時停止の通知を行いました。しかしながら、乙社らは、平成23年2月2日、事業再生ADRを取り下げ、乙社は同日に、甲社は同年5月25日に、それぞれ会社更生手続開始の申立てをし、いずれもYが管財人に選任されました。Xが、甲社について、上記根抵当権設定仮登記が有効であることを前提とした更生担保権の届出をしたところ、Yがこれを全額認めない旨の認否をしたため、Xは更生担保権の査定の申立て(会社更生法151条)をした。本決定は、支払停止について以下のように説示して、Xの申立てを認めました。
「Yは、乙社が既に支払不能に陥っている中で、平成22年12月17日に、乙社ら代理人がXに対して、同月30日に弁済期が到来する乙社のXに対する借入金債務を支払うことができず、その支払猶予の申入れをするなどしていたことをもって、法88条1項所定の『支払の停止』に該当すると主張する。・・・上記時点では、乙社らは、事業再生ADRにおいて事業再建を図ることとし、弁護士等の専門家に依頼して事業再生計画の策定を進めるとともに、事業再生ADRへの協力等を要請するため、メイン行である丙銀行及び準メイン行であるXに相談の上、近く事業再生ADRの利用申請をすることを予定し、Xに対して、策定中の事業再生計画における再建スキームや今後の事業再生ADRのスケジュール等を説明したものである。
 ところで、支払の免除又は猶予を求める行為であっても、合理性のある再建方針や再建計画が主要な債権者に示され、これが債権者に受け入れられる蓋然性があると認められる場合には、一般的かつ継続的に債務を弁済できない旨を外部に表示する行為とはいえないから、『支払の停止』ということはできないと解するのが相当である。
 そうすると、本件においては、上述のとおり、乙社らは、事業再生ADRにおける事業再建を図ることを前提として専門家に事業再生計画の策定を依頼し、近く事業再生ADRの利用申請をすることを予定した上で、Xにはその内容等を説明したものであるから、上記説明をもって『支払の停止』には該当しないというべきである。・・・したがって、本件仮登記具備行為は『支払の停止』後の行為には当たらないので、その余の要件を検討するまでもなく、Yの法88条1項に基づく否認権行使は理由がない。」

東京地判R5.11.22(会社更生) 返済期限を延長する条件変更契約の返済期限がすべて到来した時点で「支払停止」があったとした裁判例(かつ「支払不能でなかった」ものとはいえないとしました)

裁判例を確認する
A株式会社は、金融機関と債務の返済期限を延長する条件変更契約を締結しましたが、当該変更後の返済期限経過後、新たな条件変更契約は締結しないまま、会社更生法に基づく更生手続開始決定を受けました。Aの銀行Yに対する預金債権の多くは、変更後の返済期限経過後に入金された売掛金でしたが、Yは、Aの更生手続開始の申立てを受けた当日及びその後の日、当該売掛金分も含めたYのAに対する貸金債権をもってAのYに対する預金債権と対当額で相殺するとの意思表示をしました。本件は、更生管財人Xが、Yに対し、Aの支払の停止及び更生手続開始の申立てがあった後に振り込まれた預金に係る預金債権を受働債権とする相殺であり無効であると主張して、当該預金債権等の支払を求めた事案です。本判決は、以下のように説示して、Xの請求を一部認めました。
「会社更生法49条1項3号にいう『支払の停止』とは、支払能力を欠くために弁済期が到来する債務を一般的かつ継続的に弁済することができない旨を外部に表示する債務者の行為をいうと解される(最高裁昭和60年2月14日第一小法廷判決・集民144号109頁参照)。そこで検討するに、・・・Aグループは、令和2年7月29日、その資産状況の悪化を理由として、取引金融機関に対して旧経営改善計画を提示して、借入金債務の元本につき令和3年7月末日まで約1年間の返済猶予を求めるとともに、同年8月より事業キャッシュフローからのプロラタ弁済を行うと表明し、その後、取引金融機関との間で、借入金債務の元本の最終返済日を令和3年7月30日ないし同年8月2日とする本件各条件変更契約を締結した。しかし、・・・Aグループは、上記最終返済日まで残り1か月を切った同年7月8日になって、取引金融機関に対して改めて新経営改善計画を提示して、上記最終返済をさらに1年後である令和4年7月末日まで猶予することを求めるとともに、令和3年8月から令和4年7月までの間は事業キャッシュフローから毎月総額5000万円を限度とするプロラタ弁済しかできないと通知し、取引金融機関の担当者らからこれに同意できないとの意見を受けたにもかかわらず、新経営改善計画提示から8日後の令和3年7月16日になって、計画を修正するとして、借入金債務の元本の返済を同年9月末日まで猶予するよう求めたまま、本件各条件変更契約による最終返済日であった同年7月30日ないし同年8月2日、条件変更を受けていたいずれの取引金融機関に対しても、借入金元本の返済をしなかったものである。・・・令和2年7月頃時点において、取引金融機関に対して合計約181億円の借入金債務を負っていて、令和3年7月時点でもその元本の返済はほぼ行われていなかったこと、他方で、同月時点で更生会社は現金及び預金として約11億円しか保有しておらず、他に上記最終返済日が到来した借入金債務を一般的かつ継続的に弁済できる状況にあったとの事実を認めるに足りる証拠がないことを併せて考慮すれば、更生会社を含むAグループは、本件各条件変更契約による借入金債務の元本の最終返済日がすべて到来した同年8月2日の時点において、上記最終返済の猶予を求め、現に最終の返済を行わなかったことをもって、その借入金等の債務を一般的かつ継続的に弁済することができない旨を取引金融機関などの外部に表示していたものと認められる。・・・令和3年8月2日時点において、会社更生法49条1項3号にいう『支払の停止』があったものと認められる。・・・Yが、Aグループから新経営改善計画の提示を受けた同年7月8日、その担当者において、借入金債務については延滞となり遅延損害金は免除できないとの発言をし、同年8月23日、その法人営業部担当者において、更生会社は期限の利益を喪失している状況にあり、更生会社名義の預金口座につき出金停止措置を取っていると連絡し、同月末から、更生会社の借入金債務について被告が本件普通預金口座から本件別段預金に振り替える方法で回収することを開始していたこと、令和4年1月27日には、更生会社の売掛金債権につき譲渡担保を設定したことなどからも推認されるところである。以上によれば、Yは、令和3年8月2日時点あるいは遅くとも同月末日頃までには、更生会社が同月2日時点においてその借入金等の債務を一般的かつ継続的に弁済することができない状況になっていることを外部に表示していたこと、すなわち、更生会社に・・・「支払の停止」があったことを知っていたものと認められる。」