このページは、破産債権者による相殺が禁止される場合と、その例外について説明しています。破産法71条の説明になります。
破産法71条は、破産債権者が、破産手続開始後等に破産者に対する債務を負担した場合の相殺を禁止する旨を定めるものです。1項が相殺禁止の原則を、2項がその例外を定めています。少々難しいので【専門家向け】とさせて頂きました。
1 破産法71条1項(相殺禁止の原則)
⑴ 破産債権者による相殺禁止の規律(まとめ)
破産法71条1項各号は、破産債権者が、危機時期以降に破産者に対して債務を負担した場合の相殺禁止を規定しています。
条文の号番号 | 債務負担の時期・態様 | 破産債権者の主観 | 裁判例 |
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2号 | 支払不能後の破産者の財産処分や他の債務の引受 | ・専ら相殺に供する目的 ・支払不能について悪意 | 銀行が、債務者との合意に基づき、普通預金から拘束性の強い別段預金に移動したことにつき、「本件合意が財産処分契約に該当すると解したとしても、・・・本件合意をすることにより破産会社に対して債務を負担したものとみることはでき」ないとした東京高判R5.5.17があります。 |
3号 | 支払停止後 | ・支払停止について悪意(支払不能でない場合を除く) | 支払停止についての悪意の時期について大阪地判H30.11.15があります。 大阪地判H30.11.15(破産):支払停止について悪意になった時期につき、支払停止通知確認の状況を慎重に判断した裁判例 裁判例の詳細を見る 破産申立予定である旨の甲社の代理人弁護士Aの受任通知が、Y銀行の郵便受けに土曜日に投函されました。Y銀行が、翌月曜日の午前9時04分までにYの甲社の口座に振込入金された預金に対して相殺の意思表示をしたことから、甲社の破産管財人XがYに対して相殺は無効であるとして争いました。本判決は「本件受任通知が土曜日である同年9月30日にYのB支店の郵便受けに投函されたからといって、直ちにYが本件受任通知の存在及びその内容を認識したとはいえない。加えて、現にB支店が月曜日である同年10月2日に本件受任通知の封筒に受付印を押印していることからしても、月曜日まで本件受任通知の存在及びその内容を認識していなかったとするYの上記主張内容には合理性が認められる。」「本件各振込入金のうち最も遅い入金時刻は同日午前9時04分であるが、Y主張の処理態勢に照らせば、YのB支店の郵便物の受領、開封等の業務を一次的に担当する行員においてさえ、同時点までに本件受任通知の存在及びその内容を認識したとは認め難いところ、当該処理態勢が特に不自然、不合理といえないことは上記のとおりである。」として、Yは悪意とでないとして、相殺を認めました。 |
4号 | 破産手続申立後 | 申立について悪意 | |
1号 | 破産手続開始決定後 | | 最判H17.1.17(破産):破産債権者は、受働債権が期限付及び停止条件付債権であっても、特段の事情がない限り相殺することが許されるとした判例裁判例の詳細を見る 甲の破産管財人Xが保険会社Yに対して開始決定後に満期が到来した満期返戻金返及び、開始決定後の解約により停止条件が成就した保険解約返戻金を請求したのに対し、Yが、甲に対する不法行為(甲の放火による保険金の詐取)に基づく損害賠償請求権による相殺を主張して、支払を拒みました。 第1審はXの請求を認容し、控訴審はYの相殺を認めたため、Xが上告したが、本判決は、「破産債権者は、その債務が破産宣告の時において期限付である場合には、特段の事情のない限り、期限の利益を放棄したときだけでなく、破産宣告後にその期限が到来したときにも、法99条後段の規定により、その債務に対応する債権を受働債権とし、破産債権を自働債権として相殺をすることができる。また、その債務が破産宣告の時において停止条件付である場合には、停止条件不成就の利益を放棄したときだけでなく、破産宣告後に停止条件が成就したときにも、同様に相殺をすることができる。」として、上告を棄却しました。
東京地判H15.5.26(破産):信用金庫の会員が破産し法定脱退した場合、信用金庫は、自己の債権と当該会員の信用金庫持分戻請求権とを相殺することができるとした裁判例裁判例の詳細を見る 破産者甲社の破産管財人Xが、信用金庫Yに対し、Yの会員であった甲が破産により脱退したとして、信用金庫法18条1項に基づき持分の払戻しを求めたところ、Yが甲に対する債権との相殺ができるとして争ったのが本件です。本判決は以下のように説示して、Yの相殺の主張を認めました。 「破産法104条1号は、破産債権者が破産財団に対して破産宣告後に債務を負担した場合にこれと自己の有する債権とを相殺することを禁止するものであるが、その法意は、上記のような相殺により破産債権者間における平等的比例弁済の原則に反するような結果をもたらす弊害を防止することにあると解される。・・・以上のような 破産法の相殺権に関する規定の趣旨を総合すれば、 同法99条後段においては、破産債権者が停止条件付きの受働債権の現実化を承認して相殺することだけでなく、破産宣告後に停止条件が成就するのを待って相殺することもできるものと解するのが相当であり、また、この場合に問題となる同法104条1号については、 破産宣告後に受働債権の停止条件が成就したときであっても、破産宣告時に相殺に対する合理的な期待が存在していた場合には、破産宣告後に「債務ヲ負担シタルトキ」には当たらないものと解するのが相当である。・・・信用金庫の会員がいずれは脱退し、これに伴って当該会員の持分が金銭債権たる持分払戻請求権又は持分譲渡代金請求権に転化することは通常想定されているところである。また、本件債権についていえば、・・・受働債権の発生は確実なものであったといえる。以上に加え、脱退した会員が信用金庫に対する貸金を完済するまで金庫が持分の払戻しを停止できるものとされていること(信用金庫法20条)や、信用金庫が会員の出資による協同組織の金融機関であり(同法1条)、貸付けの対象が原則として会員に限られていること(同法53条1項2号、2項)をも併せ考えれば、信 用金庫であるYとしては、甲からの出資を受け、甲が持分を取得したときから、将来その持分が金銭債権たる持分払戻請求権又は持分譲渡代金請求権に転化したときには甲に対する貸金債権との相殺により当該貸金を回収することを期待していたと認められ、また、このような期待は合理的なものであるといえる。 以上によれば、被告は、本件破産宣告時において、相殺に対する合理的な期待を有していたと認められる。」 |
⑵ 支払不能・支払停止とは
支払不能とは「債務者が支払能力を欠くために、その債務のうち弁済期にあるものにつき、一般的かつ継続的に弁済することができない状態」をいいます(破産法2条11項)。
「支払停止」とは支払不全を外部に表示する債務者の行為です(最判S60.2.14など)。
債務者が支払を停止したときは支払不能にあるものと推定されます(破産法15条2項)。
支払停止が債務者の行為であるのに対し、支払不能は客観的な状態を指します。
支払不能、支払停止についての概念や裁判例などは、以下のリンク先をご参照下さい。
2 破産法71条2項(相殺禁止の例外 相殺が許される場合)
⑴ 破産法71条2項(相殺禁止の例外)
破産法71条1項に基づき、相殺が禁止される場合であっても、同項2号から4号まで(=開始決定後以外)については、受働債権(=破産債権者にとっての債務)が以下の場合には相殺が許されます。
号番号 | 内容 | 例/補足(裁判例) |
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1号 | 「法定の原因」に基づく債務負担 | ・相続(遺産分割協議などが行われた場合など、意思が介在する場合が含まれるかは争いがあります) ・事務管理 ・合併(ただし、争いがあります) など |
2号 | 支払不能等につき破産債権者が知った時より「前に生じた原因」に基づく債務負担 | ・開始決定前の手形取立金による相殺は許されますが、開始決定後の手形取立金の引渡債務に基づく相殺は許されません(最判S63.10.18)。なお、手形に商事留置権が成立する場合は、商事留置権の効果として弁済充当が許されます(最判H10.7.14、最判H23.12.15)。
・普通預金契約の締結は「前に生じた原因」にあたりません(最判S60.2.26)。
・銀行、破産者および第三者との間の振込指定合意は、「前に生じた原因」にあたると解されます(名古屋高判S58.3.31)。
・破産者が、銀行に第三者からの弁済について代理受領権を与える合意は「前に生じた原因」にあたると解されます。
裁判例についての詳細は、⑵をご参照下さい。 |
3号 | 「破産手続開始の申立てがあった時より1年以上前に生じた原因」に基づく債務負担 | |
⑵ 破産法71条2項(相殺禁止の例外)に関する裁判例
最判S63.10.18:取立委任手形を破産手続開始前に取り立てていた場合、手形取立金の引渡債務による相殺が許されるなどとした判例
裁判例の詳細を見る
信用金庫Yと取引をしていたA(自動車部品の販売業)の破産管財人に選任されたXが、Yに対して、Aが取立委任のためにYに裏書交付していた手形につき、取立の終了した甲手形については取立金を、また取立未了の乙手形については手形そのものを返還するように求めたにもかかわらず、Yは信用金庫取引約定書4条に基づき取立金をYのAに対する債権の弁済に充当した。なお、信用金庫取引約定4条(「担保」)は、概要以下の内容であった。
1項:Yに現在差し入れている担保及び将来差し入れる担保は、全てその担保する債務のほか、現在及び将来負担す る一切の債務を共通に担保するものとする。
2項:Aは、債権保全のため必要と認められるときは、請求によって直ちにYの承認する担保若しくは増担保を差し入れ又は保証人を立て若しくはこれを追加する。
3項:担保は、必ずしも法定の手続によらず一般に適当と認められる方法、時期、価格等により貴金庫において取立て又は処分のうえ、その取得金から諸費用を差し引いた残額を法定の順序にかかわらず債務の弁済に充当されてもAは異議を述べない。
4項:AがYに対する債務を履行しなかった場合には、Yが占有しているAの手形はYにおいて取立て又は処分することができ、その取得金から諸費用を差し引いた残額を法定の順序にかかわらず債務の弁済に充当できる。
そこで、XがYに対して,Aの破産手続開始決定前に取り立てた甲手形の手形金については準委任契約に基づく受任者たるYの受取物引渡義務(民法646条・656条)により、また破産手続開始決定後に取り立てた乙手形の手形金については委任者たる甲の破産によって準委任契約が終了し(民法653条)、右各手形の管理、処分権が破産管財人Xに専属するに至ったので、Yが右各手形金を取立てずに右各手形そのものをXに引き渡すべきであるにもかかわらず、これを取り立てて取得しているので、不当利得の返還義務により、いずれもXに支払うべき義務があるとして、支払いを求めて提訴しました。
第1審、控訴審ともXの請求を認容したため、Yが上告したところ、以下のとおり原判決を破棄し、破産手続開始決定後に取り立てた乙手形の手形金については、Xに支払うべきとしたが、破産手続開始決定前に取り立てた甲手形の手形金については相殺ができるとした(なお、商事留置権等も論点となっているので、その点も紹介する)。
商事留置権の成否について
「信用金庫法に基づいて設立された信用金庫は、国民大衆のために金融の円滑を図り、その貯蓄の増強に資するために設けられた協同組織による金融機関であり、その行うことのできる業務の範囲は次第に拡大されてきているものの、それにより右の性格に変更を来しているとはいえず、信用金庫の行う業務は営利を目的とするものではないというべきであるから、信用金庫は商法上の商人には当たらないと解するのが相当である・・・。そして、信用金庫の行うことのできる業務の性質が右のとおりである以上、特定の取引行為についてだけ信用金庫が商人に当たると解することもできないというべきである。したがつて、商事留置権の成立を否定した原審の判断は正当として是認することができる。」
信用金庫取引約定4条に基づく弁済充当の可否
「そこで、約定書4条4項の趣旨について考えるに、同条1項ないし3項が『担保」との文言を用いて担保の設定、処分に関して定めているのに対し、同条四項が『担保」との文言を用いていないこと、及び同条項の内容等に徴すると、同条項は、信用金庫の取引先がその債務を履行しない場合に、信用金庫に対し、その占有する取引先の動産、手形その他の有価証券を取り立て又は処分する権限及び取立又は処分によつて取得した金員を取引先の債務の弁済に充当する権限を授与したにとどまるものであつて、右手形につき、取引先の債務不履行を停止条件とする譲渡担保権、質権等の担保権を設定する趣旨の定めではなく、取引先が破産した場合には、民法656条、653条の規定により右の権限は消滅すると解するのが相当である。約定書4条の標題が『担保』となつていることは、右判断の妨げとなるものではない。」
相殺の可否について
「原審の右判断は、乙手形については正当として是認することができるが、甲手形については是認することができない。その理由は、次のとおりである。
破産債権者が、支払の停止及び破産の申立のあることを知る前に、破産者との間で、破産者が債務の履行をしなかつたときには破産債権者が占有する破産者の手形等を取り立て又は処分してその取得金を債務の弁済に充当することができる旨の条項を含む取引約定を締結したうえ、破産者から手形の取立を委任されて裏書交付を受け、支払の停止又は破産の申立のあることを知つたのち破産宣告前に右手形を取り立てた場合には、破産債権者が破産者に対して負担した取立金引渡債務は、法104条2号但書にいう「前ニ生ジタル原因」に基づき負担したものに当たると解するのが相当である。けだし、債務者が債権者に対して同種の債権を有する場合には、対立する両債権は相殺ができることにより互いに担保的機能をもち、当事者双方はこれを信頼して取引関係を持続するのであるが、その一方が破産宣告を受けた場合にも無制限に相殺を認めるときは、債権者間の公平・平等な満足を目的とする破産制度の趣旨が没却されることになるので、同号は、本文において破産債権者が支払の停止又は破産の申立のあることを知つて破産者に対して債務を負担した場合に相殺を禁止するとともに、但書において相殺の担保的機能を期待して行われる取引の安全を保護する必要がある場合に相殺を禁止しないこととしているものと解されるところ・・・、破産債権者が前記のような取引約定のもとに破産者から個々の手形につき取立を委任されて裏書交付を受けた場合には、破産債権者が右手形の取立により破産者に対して負担する取立金引渡債務を受働債権として相殺に供することができるという破産債権者の期待は、同号但書の前記の趣旨に照らして保護に値するものというべきだからである。
これを本件についてみるに、原審の確定した前記の事実関係によれば、Aは、本件取引約定に基づき、Aの支払の停止及び同人に対する破産の申立の前である昭和55年1月26日Yに対し、甲手形につき取立を委任して譲渡裏書のうえ交付し、Yは、右支払の停止及び破産の申立ののち破産宣告がされるまでの間に甲手形を取り立て、Aに対して取立金・・・の引渡債務を負担するに至つたというのであるから、右取立金引渡債務は、法104条2号但書にいう「前ニ生ジタル原因」に基づくものに当たるというべきである。・・・次に、原審の確定した前記の事実関係によれば、Aは、Yに対し、乙手形につき取立を委任して譲渡裏書のうえ交付したものであるところ、右の取立委任はAが破産宣告を受けたことにより終了し(民法六五六条、六五三条参照)、Yは破産管財人Xに対して乙手形を返還する義務を負うに至つたと解するのが相当である。そうすると、Yは、取り立てて得た手形金については、不当利得として、破産管財人Xに対し返還すべき債務を負つており、右債務が破産宣告後に生じたものであつて法104条1号に該当することは明らかであるから、Yが右債務を受働債権として相殺することは許されないというべきである。・・・」
最判S60.2.26:普通預金契約の締結は「前に生じた原因」にあたらないとした判例
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甲は支払停止後、損害保険契約を解約し、解約返戻金が、甲の債権者である信用金庫Yにある甲名義の普通預金口座に振り込まれた後に、甲は破産手続開始決定を受けました。甲の破産管財人XがYに対し当該保険金相当額につき普通預金からの払戻しの請求をしたのに対し、Yは甲に対する貸付金債権等との相殺を主張して争った。 第1審、控訴審ともXの請求を認容したことからYが上告したところ、本判決は、普通預金契約は、「前に生じた原因」(旧破産法104条2号、現破産法71条2項2号)にあたらないとして上告棄却した。
名古屋高判S58.3.31:銀行、破産者および第三者との間の振込指定合意は、「前に生じた原因」にあたるとした裁判例
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銀行Yが甲(破産者)に住宅資金の貸付けをする際、Y・甲・使用者乙間で将来発生する甲の退職金についてYにある甲の預金口座に振込みする旨の合意をしました。甲の破産手続開始決定後、甲は乙を退職をし、Yにある甲名義の預金口座に振り込まれた退職金相当額について、Yは甲に対する債権と相殺をしたため、甲の破産管財人Xが相殺は無効であるとして払戻を求めて提訴したが、第1審、控訴審とも振込合意が「前に生じた原因」に基づく場合にあたり、相殺が許されるとしてXの請求を棄却しました。
東京地判R5.9.29 債権者である銀行が、売掛金の入金先を同銀行の債務者名義の口座に変更したことが、「前に生じた原因」に該当しないとした裁判例
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X銀行が甲社に貸付をした後、甲社に売掛金の入金先をX銀行の甲社名義の預金口座に変更するように依頼し、変更されました。その後、甲社は各金融機関にリスケを依頼したが、同意を得らることはできない状態で甲社は売掛金をX銀行に対して集合債権担保を設定しましたた。その後甲社は会社更生手続開始決定を受けたため、X銀行が売掛金の担保を実行したのに対し、甲社の更生管財人Yは否認請求をし認められたため、XがYに対して異議の訴えを提起したのが本件です。Xは、売掛金の振込先をXにある甲社名義の預金の変更したことが「前に生じた原因」にたあたるから、担保権の設定は「有害性を欠く」ため否認権は成立しないと主張しましたた。本判決は、以下のように説示して、「前に生じた原因」にあたらないとしました。
「会社更生法は、更生債権についての債権者間の公平・平等な扱いを基本原則とする更生手続の趣旨が没却されることのないよう、49条1項3号本文において更生債権者において支払の停止があったことを知って更生債務者に対して債務を負担した場合にこれを受働債権とする相殺を禁止する一方、同条2項2号において上記債務の負担が「支払の停止があったことを更生債権者が知った時より前に生じた原因」に基づく場合には、相殺の担保的機能に対する更生債権者の期待は合理的なものであって、これを保護することとしても、上記更生手続の趣旨に反するものではないことから、相殺を禁止しないこととしているものと解される。・・・Xの要請を受けた甲社は、令和3年2月頃、本件第三債務者らに対して売掛金の入金先を本件口座に変更するよう依頼したものであるが・・・、その際、X、甲社及び本件第三債務者らの間で、Xの承諾がなければ入金先を本件口座から変更しない旨の約定や本件口座への振込み以外の方法では支払わないことが合意されたものではなく、売掛金の入金先は、甲社が本件第三債務者らからの了承のみで変更することが可能であったものである・・・。また、本件口座に入金がされる前の売掛債権自体については、譲渡禁止特約が付されていたとしても、何ら法的な担保に供されていたものではないし、売掛債権が本件口座に係る預金払戻請求権に転化することが確実であったものでもなかったから、X以外の総債権者からみても、自己の債権の引当てとなる責任財産に含まれることを期待するのが合理的である。そうすると、売掛債権の入金先を本件口座に変更したことをもって、本件預金払戻請求権を受働債権とする相殺への合理的な期待をXに生じさせる程度の直接的な債務負担の原因ということはできず、Xにおいて、当該相殺の担保的機能に対する一定の期待を有していたとしても、そのような期待が他の更生債権者との公平の観点から保護に値する合理性を有するものとは認められない。以上によれば、本件預金払戻請求権に係る原告の債務は、Xが甲社につき支払不能であったこと又は支払の停止があったことを知った時よりも前に生じた原因に基づくものとは認められない。」