このページは破産手続における担保権消滅請求を説明しています。

担保権消滅請求とは、管財人が担保権者に一定の金員を支払うことで、担保権を消滅させることができる制度です。非常に強力な制度ですが、破産手続において、担保権消滅請求が利用されることは、ほとんどありませんし、内容もやや難解ですので、【専門家向け】とさせて頂きました。

なお、担保権のことを破産法では「別除権」という表現をしていますので、別除権という用語も出てきますが、担保権の意味です。

1 はじめに

管財人が適正な時価と考えられる金額での任意売却先が見つけたにもかかわらず、後順位抵当権者が不当な額の抵当権抹消料を請求したり、担保権者が著しく高額な売却を要求してきたり、あるいは、財団繰入額について合意ができないことなどにより任意売却が進まない場合の、管財人の対抗手段となる制度です。

会社更生手続や民事再生手続における担保権消滅請求は、任意売却を前提にしませんが、破産手続においては具体的な任意売却の成立を前提する点で、会社更生手続きや、民事再生手続きとは内容や趣旨が異なりますが、裁判例としては民事再生のものが多いため、参考となると考えられる範囲で民事再生の判例を以下紹介しています。

2 要件(破産法186条1項)

管財人が担保権消滅許可制度を利用する場合には、以下の要件を満たす必要があります。

⑴ 「破産財団に属する財産につき担保権が存する場合」であること。

福岡高決H18.3.28(再生):再生債務者の財産であるか否かは登記名義でなく実質的に判断すべきとした裁判例

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再生債務者Xが、Xの元代表者A名義の土地に設定されていたYの根抵当権につき、当該土地はX名義で取得された土地とともに同一の時期にXの借入金により取得され、当該借入金を共同担保とする根抵当権が設定され、かつ、Xが一体として使用し固定資産税も負担していたことなどを理由に所有権登記はAであるが実質的にはX所有の土地であるとして、担保権消滅請求を申立てたところ、再生裁判所がXの申立てを認めたため、Yが即時抗告をしました。 本件判決は、「担保権消滅許可を求める所有者である再生債務者と担保権者との関係はいわゆる対抗問題とはならないことになるから、この消滅許可を求められている担保権者には、所有者である再生債務者の登記欠缺を主張する利益はないことになる。すなわち、再生債務者が担保権消滅の許可を申し立ててこれを受けるためには、その所有権について必ずしも対抗要件としての登記を備えていることを要しないというべきである。同様に、当該要件は、あくまで再生手続開始の時における所有権の帰属を問題とするものであり、登記の外観を信頼して利害関係を有するに至った第三者の保護が要請される場面ではないから、民法94条2項の類推適用の余地もないと解される。」として、担保権消滅請求が可能な範囲は登記名義でなく実質的に再生債務者の所有権が存するか否かで判断すべきであるとして、担保権消滅請求を認めました。

⑵ 「破産債権者の一般の利益に適合する」こと

財団組み入れが可能となって破産財団が増殖する場合などを指します。
なお、異時廃止が見込まれる場合(=財団債権者の利益にのみなる場合)にこの要件を満たすかどうかについては意見が分かれています。

⑶ 「担保権を有する者の利益を不当に害することとなると認められるとき」でないこと

札幌高決H16.9.28(再生):共同担保の一部につき担保権消滅請求をすることが許されないとされた裁判例

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再生債務者Xは、複数の不動産を有しており、かつ抵当権者Yらは、当該複数の不動産に共同抵当権を設定していたところ、Xは、当該不動産の一部についてのみ担保権消滅請求を申立て、再生裁判所はXの申立てを認めました。これに対し、Yらが、担保権消滅請求を申立てた以外の残地部分だけだと、接道等の関係で価値が大きく減少することになるから、Xの担保権消滅請求は権利の濫用であるとして即時抗告をしましたた。
本決定は、「民事再生法148条ないし153条が定める担保権消滅の制度は、担保権者に対して担保の目的財産の価額に相当する満足を与えることにより、再生手続開始当時当該財産の上に存するすべての担保権を消滅させ、再生債務者の事業の継続に欠くことのできない財産の確保を図るものであり、その限度で担保権者に犠牲を強いるものであるが、それを超えて担保権者に著しい不利益を及ぼすことは、民事再生法が予定しないところであり、再生債務者と担保権者との衡平の観点からも権利の濫用として許されないと解するのが相当である。」として、共同担保の一部のみについて担保権消滅請求をすることで残地の価値が下落する場合には、担保権消滅請求をすることは許されないとして原決定を取り消しました。

3 対象となる担保権の範囲

条文上は「特別の先取特権、質権、抵当権又は商法若しくは会社法の規定による留置権」とされていますが、集合(債権)譲渡担保権などの非典型担保についても、担保権消滅請求は可能と解されています(参考裁判例:大阪地決H13.7.19)。

大阪地決H13.7.19(再生) ファイナスリースに対する担保権消滅請求を認めた裁判例

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Xは、リース会社Yとフルペイアウト方式によるファイナンスリース契約を締結していたが、Xが仮差押えを受けたことが、リース契約の解除条項に該当したため、Yからリース契約解除通知を受けました。その後Xは民事再生手続開始決定をうけ、Yに対して担保権消滅許可請求を申立てたところ、本決定は、「いわゆるフルペイアウト方式のファイナンス・リース契約においてリース物件の引渡しを受けたユーザーにつき再生手続開始の決定があった場合、未払のリース料債権はその全額が再生債権となり、リース会社は、リース物件についてユーザーが取得した利用権についてその再生債権を被担保債権とする担保権を有するものと解すべきであるが、民事再生法148条1項の担保権消滅許可の申立ては、再生手続開始当時再生債務者の財産の上に同法53条1項に規定する担保権が存する場合においてこれをなしうるものと規定されている。」とリース契約が解除される前であれば、担保権消滅請求が可能であることを前提として、再生手続開始前にリース契約が解除されており、「本件動産は、本件再生手続開始当時、既に再生債務者の財産ではなかったというべきであり、民事再生法148条1項の定める担保権消滅許可の申立てをなしうる場合に該当」せず、担保権消滅請求は行使できないとして、結論としてはXの申立てを棄却した。

東京高決R2.2.14(再生) 集合債権譲渡担保が担保権消滅許可の対象となるとした裁判例

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再生債務者(医療法人社団)甲の管財人Yが、再生債務者の診療報酬債権についてX譲渡担保権が設定されているとして、民事再生法148条1項に基づき、同譲渡担保権について5000万円を裁判所に納付して消滅させることの許可の申立てをした。原審が許可決定をしたのに対しXが原決定の取消し及び担保権消滅許可申立ての却下を求めて即時抗告を申し立てたのが本件です。本決定は、譲渡担保権が設定されていることを認定したうえで、以下のように説示して、Yの主張を認めました。
「以上よりすると、本件債権譲渡契約は担保を目的とするものであって、その実質においては買取債権残高に相当する額の返還債務等に係る債権を被担保債権とする譲渡担保であると解することができる。そして、民事再生法148条に規定する担保消滅許可は、このような譲渡担保も対象とすると解するのが相当である。

4 手続

⑴ 管財人による申立から許可決定に至る手続

時系列内  容
事前協議(破産法186条2項管財人は財団組入額について、あらかじめ担保権者と協議を行います。
申立て(破産法186条3項申立書には、売得金の額、売却相手、財団組入額、消滅すべき担保権の表示などを記載します。
担保権者への送達(破産法186条5項申立書等が、担保権者に送達されます。全ての担保権者に送達された日から1ヵ月以内に、当該担保権者が担保権実行の申立をしたことを証する書面を提出するか、管財人に担保対象物の買受の申立をしないと担保権消滅請求の効力が生じる。
→担保権者が担保権実行の申立をした場合は
→担保権者が担保対象物の買受の申立をた場合は
→担保権者が担保権実行の申立も、担保対象物の買受の申立もしない場合は以下へ
申立書記載の売却相手方を売却相手とする許可決定申立書記載の売却相手方を売却相手とする許可決定がなされます(破産法189条1項1号)。
金銭納付(破産法190条1項
    ↓
担保権消滅(破産法190条4項
・   許可決定の確定により、売却の相手方には裁判所が定める期間までに破産法190条1項に定める金銭を納める義務が発生し(破産法190条1項)、納付により担保権は消滅します(同4項
・   登記抹消(破産法190条5項)。
・   納付された金銭は配当されます(破産法191条
・   金銭納付がされないと、許可は取り消されます(破産法190条6項

⑵ 担保権者が担保権を実行した場合

担保権者が担保権実行の申立てをした場合は、担保権者は、担保権の実行の申立てをしたことを証する書面(競売開始決定などを指す)を裁判所に提出します(破産法187条1項)。

裁判所は消滅請求不許可決定をします(破産法189条1項)。手続は終了します。

⑶ 担保権者が管財人に担保対象物の買受の申立をした場合

時系列(続き)内   容
担保権者が管財人に担保対象物の買受の申立
買受希望者を売却相手とする許可決定 (要件を満たすことが前提)買受希望者を売却相手とする許可決定がなされます(破産法189条1項2号)。
売買契約の効力発生時期管財人と買受希望者との間で、売買契約が締結されたものとみなされる(破産法189条2項
金銭納付(破産法190条1項
    ↓
担保権消滅(破産法190条4項
・   許可決定の確定により、売却の相手方には裁判所が定める期間までに破産法190条1項に定める金銭を納める義務が発生し(破産法190条1項)、納付により担保権は消滅します(同4項
・   登記抹消(破産法190条5項)。
・   納付された金銭は配当されます(破産法191条
・   金銭納付がされないと、許可は取り消されます(破産法190条6項

東京高決H24.5.24(再生→破産):担保権消滅請求において、留置権者の買受申し出が権利の濫用にあたるとされた事例

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甲社(破産者)は、A銀行から融資を受けて土地を取得し(土地に抵当権設定)、Xとの間で建物建築請負契約を締結し、土地の上に建物を建てて完成させました。甲社は、建物のうち1階部分のみ引き渡しを受けてB社に賃貸していましたが、その他の部分はXが占有している状態で、甲社に破産手続開始決定がされ、Yが破産管財人に選任されました(正確には民事再生手続の開始決定後に再生手続が廃止されている)。
Xは、建物の2階から8階部分及び土地について商事留置権を主張したが、YがXを被告として提起した訴訟において、Xが土地について商事留置権を有しないことを確認する旨の判決がされ、この判決は確定しました。その後、Yは、本件土地及び本件建物を一体としてC社に売却することを前提として、本件土地及び本件建物につき、担保権消滅請求の申立てをしたところ、Xは、X占有に係る本件建物の2階ないし8階部分につき、Y申立ての当該部分に係る売得金の額を20分の1上回る額でこれを買い受ける旨の買受けの申出をしました。原審が、Xの上記買受けの申出を権利の濫用であるとして排斥し、Yの担保権消滅許可の申立てを認容する決定をしたため、Xが抗告をしたところ、 本決定は、「Xが占有する本件建物の2階ないし8階部分については、Xが土地利用権を有しないことが判決により確定している。・・・その処分価額は、限りなくゼロに近いものであるということができる。また、仮にXが本件建物の2階ないし8階部分に商事留置権を有するとしても、Yが相当と認める額の金銭を準備して、破産法192条に基づき商事留置権消滅請求をした場合には、Xはこれに対して不服申立てをすることができず、また、Xが有する権利が上記のとおりであることから、Xがその価額の不当性を主張する実質的権利を有するものとはいえない。商事留置権は不動産には成立しないとする見解もあり・・・、この見解によれば、Xには商事留置権が認められないこととなる。Xが主張する商事留置権の内容が上記のとおりであることからすると、本件において、Yが本件土地及び本件建物を一体として売却することを前提として担保権消滅許可の申立てをすることは、本件建物の価値を見いだす上で最も優れた方法であって、Xも相当額の金銭の分配を得ることができるものであり、XがYのこの措置に対抗して、本件建物の2階ないし8階部分についてのみ破産法188条に基づき買受けの申出をし、本件土地及び本件建物の1階部分と本件建物の2階ないし8階部分の分離を主張することは、およそ経済合理性を有しないことである。・・・以上のような事実関係及び法律関係に鑑みると、Xの破産法188条に基づく本件買受けの申出は、Xの権利行使の観点からも、破産手続上も、およそ経済合理性のないものであり、Xがあえてその申出をするとすれば、それは権利の濫用に該当するものというべきである。」として、抗告を棄却しました。