このページは破産手続における担保関係の取扱(総論)を説明しています。
担保権を行使する前提として、まず破産手続において担保権が認められる要件を説明したうえで、担保権の行使方法、管財人の担保権に対する対応について、説明をしています。
なお、担保権のことを破産法では「別除権」という表現をしていますので、別除権という用語も出てきますが、担保権の意味です。
1 担保権(別除権)行使の前提条件
担保権者(別除権者)は、破産手続によらないで、権利行使をすることが可能ですが(破産法65条1項)、前提として以下の要件を満たす必要があります。
⑴ 成立要件を満たしていること。また、担保設定の範囲が明確であること。
当然のことですが成立要件を満たしていることが必要です。
担保設定の具体的な内容や担保対象物の範囲を確定できることも必要です。例えば集合債権譲渡担保などについては契約書でなければ、正確な対象等を確認することができませんので設定契約が必要となります。
⑵ 対抗要件を具備していること。
別除権者が破産管財人に別除権を主張するためには、自己の名義での対抗要件を具備していることが必要です(参考裁判例:東京高判H18.6.28、最判H22.6.4)。
東京高判H18.6.28(破産):登記の不備により、対抗要件として認められず、担保権を破産管財人に対抗できないとされた事例
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Yは甲社に対する債権を担保するために、甲社の売掛債権につき譲渡担保を設定し、債権譲渡登記も具備しましたが、当該債権譲渡登記の債権個別事項の債権者名と債務者名が逆になっていました。
甲の破産手続開始決定により管財人に選任されたXは、Yに対して、対抗要件を具備していないとして、譲渡担保権の行使としてYが受領した売掛金相当額につき不当利得返還請求を行ったところ、第1審がXの請求を認めたため、Yが控訴しました。 本判決は、「譲渡に係る債権を特定するために必要な事項としての,譲渡に係る債権の『債務者』及び『債権の発生の時における債権者』(債権譲渡特例法5条1項6号,債権譲渡登記規則6条2号)は,譲渡に係る債権の特定に必須の事項であり,Yの指摘するように登記事項中の概要事項に,譲渡人として甲社が記録されている事実から,譲渡に係る債権の『債権の発生の時における債権者』が当然に甲社であることが明白であるとは認められず,また,入力時の過誤により,原債権者と債務者のコードを取り違えたことが明らかであるとも認められない。」などとして、Yの控訴を棄却しXの請求を認めました。
最判H22.6.4(再生):自己名義の登録がないことを理由に、車両に対する所有権留保の主張が認められなかった事例
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Y(再生債務者)は、自動車販売会社A社から自動車を購入する際に、信販会社Xから金融を受けるため、XYA間で概要、①信販会社Xが販売会社Aに残代金を支払い、Yは信販会社Xに残代金に手数料を加算した金額を分割で支払う、②自動車の所有権をYが立替金を全額支払うまで信販会社Xに留保する、③Yが期限の利益を失ったら、Xに自動車を引き渡し、Xは自動車の評価額を弁済に充当できるという合意をしたうえで、自動車は所有名義を販売会社A、使用者Yとして登録した状態で、XはAに残代金を支払いました。その後、Yにつき民事再生手続開始決定がなされたため、XはYに対し、別除権の行使として自動車の引渡しを求めて訴えを提起し、第1審はXの請求を棄却、第2審はXの請求を認容したため、Yが上告したところ、以下のように説示し、原判決を破棄しました。
「本件三者契約は、販売会社Aにおいて留保していた所有権が代位により信販会社Xに移転することを確認したものではなく、信販会社Xが、本件立替金等債権を担保するために、販売会社Aから本件自動車の所有権の移転を受け、これを留保することを合意したものと解するのが相当であり、信販会社Xが別除権として行使し得るのは、本件立替金等債権を担保するために留保された上記所有権であると解すべきである。すなわち、信販会社Xは、本件三者契約により、再生債務者Yに対して本件残代金相当額にとどまらず手数料額をも含む本件立替金等債権を取得するところ、同契約においては、本件立替金等債務が完済されるまで本件自動車の所有権が信販会社Xに留保されることや、再生債務者Yが本件立替金等債務につき期限の利益を失い、本件自動車を信販会社Xに引き渡したときは、信販会社Xは、その評価額をもって、本件立替金等債務に充当することが合意されているのであって、信販会社Xが販売会社Aから移転を受けて留保する所有権が、本件立替金等債権を担保するためのものであることは明らかである。立替払の結果、販売会社Aが留保していた所有権が代位により信販会社Xに移転するというのみでは、本件残代金相当額の限度で債権が担保されるにすぎないことになり、本件三者契約における当事者の合理的意思に反するものといわざるを得ない。そして、再生手続が開始した場合において再生債務者の財産について特定の担保権を有する者の別除権の行使が認められるためには、個別の権利行使が禁止される一般債権者と再生手続によらないで別除権を行使することができる債権者との衡平を図るなどの趣旨から、原則として再生手続開始の時点で当該特定の担保権につき登記、登録等を具備している必要があるのであって(民事再生法45条参照)、本件自動車につき、再生手続開始の時点で信販会社Xを所有者とする登録がされていない限り、販売会社Aを所有者とする登録がされていても、信販会社Xが、本件立替金等債権を担保するために本件三者契約に基づき留保した所有権を別除権として行使することは許されない。」
なお、仮登記の場合、「対抗要件を具備している」と言えるかについては、議論があります。以下のように考えられています。
種類 | 具体的な内容 | 対抗要件として認められるか |
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1号仮登記 | 登記申請に必要な条件が具備しないための仮登記 | 破産管財人に対抗できると解されています。 |
2号仮登記 | 権利の設定、移転、変更又は消滅の請求権の保全のための仮登記 | 破産管財人に対抗できると解されますが、反対説もあります。 |
⑶ 否認権行使の対象とならないこと
担保の設定時期等によっては、否認の対象となり得ます。消極的な要件として、否認権行使の対象とならないことが必要です。
⑷ 補足
別除権者が債権届出において別除権の届出(破産法111条2項)をしなかった場合でも、別除権を放棄したと認められる特段の事情の無い限り、別除権を放棄したとは認められないと考えられます(参考裁判例:東京高判H14.3.15)。
東京高判H14.3.15(再生):動産売買の先取特権について、民事再生法94条2項の届出(別除権不足額等の届出)がないとしても権利行使が認められるとした事案
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再生債務者Xの民事再生手続において、債権者Yは再生債権を届け出ましたが、その際に、別除権の届出をしませんでした(民事再生法94条2項は、再生債権の届出においては、別除権の目的及び別除権の行使によって弁済を受けることができないと見込まれる債権の額を届け出なければならないと定めています。)。その後、Yは、動産売買先取特権に基づく物上代位により、XのAに対する転売代金債権に対する債権差押命令を取得したため、Xが、執行抗告を申立て、Yが債権届出の際に、別除権の届出をしなかったことによりYが別除権を放棄したとして争ったたところ、以下のように説示しました(ただし、結論としては、弁済により被保全権利が消滅しているとしています)。
「先取特権については種々の発生原因が存する(民法三306条ないし328条)が、これを本件で問題となっている動産売買に基づく先取特権(同法322条)についてみるならば、同先取特権者にとって再生債務者の財産中に先取特権行使の対象となる財産が存するか否かを覚知することが必ずしも容易でない場合があることは容易に推認される。したがって、民事再生手続の開始が決定された後、再生債権届出期間内(本件では一月弱)にこの点を過不足なく調査し、上記の規定に沿って的確な届出を期待することは実際問題としては相当困難である。そして、別除権(先取特権)としての届出がされなければ当該権利の行使ができなくなると解するとすれば、失権をおそれて一定の可能性があればその旨の届出をすることになろうが、結果として先取特権の行使が功を奏しない場合には時機を失して一般再生債権としての弁済も受けられない可能性が大きい。そうすると、上記のような解釈は債権届出に際して先取特権行使の可能性がある者に二者択一の厳しい選択を迫るもので、民事再生手続における債権者側に不合理な負担を過重に課するものといわなければならない。 ・・・これらのことからすれば、民事再生手続において、動産売買に基づく先取特権者が民事再生法94条2項に規定する届出をせず、一般再生債権としての届出をしたとしても、それが同先取特権行使の対象となる財産があることを知りながら、あえて一般再生債権としての届出をし先取特権を放棄したものと認めるべき特段の事情でもない限りは、その一事をもって別除権としての権利行使が制限されるとまで解することは相当でない。このように解することは、その後の再生計画等に一定の変更を余儀なくさせ、債務者の再生に支障を生じさせるおそれのあることは否定できないが、上記民事再生法94条2項の届出にそれがない場合に失権効を生じさせるような大きな意味を持たせることが同条の趣旨であるとは解し難い。 ・・・本件ではYに上記特段の事情があると認めるべき資料もない・・・」
2 破産手続における担保権(別除権)の行使方法
別除権者は破産手続によらず,権利行使が可能です(破産法65条1項)。
よって、法定の方法により行使することができます。物上代位も可能です(最判S59.2.2)。
最判S59.2.2(破産):動産売買先取特権に基づく物上代位は、買主に破産手続きが開始された後でも行使可能であるとした判例
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甲社に対して工作機械を売却したYが、甲社に破産手続開始決定がなされXが破産管財人に選任された後に、動産売買先取特権に基づく物上代位として、甲社が当該工作機械を転売したAに対する代金債権に対して債権差押・転付命令を得たところ、Aは当該代金債権相当額を供託しました。そこで、XがYに対し、当該供託金の還付請求権がXにあることの確認を求めて訴えを提起したところ、第1審及び控訴審ともXの請求を認容したため、Yが上告したところ、以下のように破棄自判しました。
「民法304条1項但書において、先取特権者が物上代位権を行使するためには金銭その他の払渡又は引渡前に差押をしなければならないものと規定されている趣旨は、先取特権者のする右差押によつて、第三債務者が金銭その他の目的物を債務者に払渡し又は引渡すことが禁止され、他方、債務者が第三債務者から債権を取立て又はこれを第三者に譲渡することを禁止される結果、物上代位の対象である債権の特定性が保持され、これにより物上代位権の効力を保全せしめるとともに、他面第三者が不測の損害を被ることを防止しようとすることにあるから、第三債務者による弁済又は債務者による債権の第三者への譲渡の場合とは異なり、単に一般債権者が債務者に対する債務名義をもつて目的債権につき差押命令を取得したにとどまる場合には、これによりもはや先取特権者が物上代位権を行使することを妨げられるとすべき理由はないというべきである。そして、債務者が破産宣告決定を受けた場合においても、その効果の実質的内容は、破産者の所有財産に対する管理処分権能が剥奪されて破産管財人に帰属せしめられるとともに、破産債権者による個別的な権利行使を禁止されることになるというにとどまり、これにより破産者の財産の所有権が破産財団又は破産管財人に譲渡されたことになるものではなく、これを前記一般債権者による差押の場合と区別すべき積極的理由はない。したがつて、先取特権者は、債務者が破産宣告決定を受けた後においても、物上代位権を行使することができるものと解するのが相当である。」
また、別除権者と破産者との間で特別の約定があった場合は,当該約定によって担保権を実行することも可能です(破産法185条1項)。例えば,担保の目的物を法定の手続によることなく処分しその処分代金の弁済充当合意がある場合は,法定の手続きによることなく処分が可能(最判H10.7.14、東京高判H21.2.24)。
最判H10.7.14(破産):手形に対する商事留置権は破産手続開始決定によっても失われず、かつ銀行取引約定書による弁済充当ができるとした判例
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甲社はY銀行に対し銀行取引約定書差入れ、借入れを行っていたところ、平成3年3月24日に手形割引のために手形を差し入れたが、結局割り引かれることなく、同年4月15日に破産手続開始決定がなされ、Xが破産管財人に選任されました。
なお、銀行取引約定書には、以下の条項が記載されていた。
4条3項:担保は、必ずしも法定の手続によらず一般に適当と認められる方法、時期、価格等によりYにおいて取立又は処分のうえ、その取得金から諸費用を差し引いた残額を法定の順序にかかわらず債務の弁済に充当できるものとし、なお残債務がある場合には直ちに弁済する。
4条4項:Yに対する債務を履行しなかった場合には、Yの占有している甲社の動産、手形その他の有価証券は、Yにおいて取立または処分することができるものとし、この場合も全て前項に準じて取り扱うことに同意する。
XはYに対し、手形の返還を求めたものの、Yは応じることなく、同年6月10日に手形を取り立てたうえで、甲社に対する債権の弁済に充当したことから、Xが、Yに対して、不法行為に基づき手形金相当額の支払請求を求めて提訴しました。第1審はXの請求を棄却したが、控訴審はXの請求を認容したため、Yが上告したところ、以下のとおり破棄自判をした。
「商事留置権を有するY銀行は、破産会社に対する破産宣告後においても、破産管財人Xによる本件手形の返還請求を拒絶することができ、本件手形の占有を適法に継続し得るものというべきである。
次に、Y銀行が自ら本件手形を取り立てて債権の弁済に充当することができるか否かについてみる。・・銀行が右のような手形について、適法な占有権原を有し、かつ特別の先取特権に基づく優先弁済権を有する場合には、銀行が自ら取り立てて弁済に充当し得るとの趣旨の約定をすることには合理性があり、本件約定書4条4項を右の趣旨の約定と解するとしても必ずしも約定当事者の意思に反するものとはいえないし、当該手形について、破産法93条1項後段に定める他の特別の先取特権のない限り、銀行が右のような処分等をしても特段の弊害があるとも考え難い。そして、原審の適法に確定した事実関係等によれば、Y銀行は、手形交換によって本件手形を取り立てたもので、本件手形について適法な占有権原を有し、かつ特別の先取特権に基づく優先弁済権を有していたのであって、その被担保債権は、本件手形の取立てがされた日には既に履行期が到来し、その額は手形金額を超えており、本件手形についてY銀行に優先する他の特別の先取特権者が存在することをうかがわせる事情もないのである。以上にかんがみれば、本件事実関係の下においては、Y銀行は、本件約定書4条4項による合意に基づき、本件手形を手形交換制度によって取り立てて破産会社に対する債権の弁済に充当することができるのであり、Y銀行の行為は、破産管財人Xに対する不法行為となるものではない。」
東京高判H21.2.24(破産):破産手続開始決定前に手形の取立てをしている場合であっても、商事留置権を有していた銀行による銀行取引約定書による弁済への充当が認められるとした裁判例
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甲社(破産者)は平成19年8月に米国の会社の倒産手続にかかる配当金をクリーンビル(小切手)で受領したことから、取引銀行であったYに取立を委任してこれを引き渡したところで、同年9月7日に破産手続開始決定を受けて、Xが破産管財人に選任されました。銀行Yは、当該クリーンビルを同年8月末に支払銀行に発送し、9月半ばに取立金が入金されたことから、弁済に充当したため、管財人XがYに対し、当該クリーンビル取立金の支払を求めて提訴したのに対し、銀行Yがクリーンビルに対する商事留置権が成立するとして争ったところ、第1審がXの請求を棄却したため、Xが控訴しました。
本判決は、「本件商事留置権は、本件破産手続開始決定により特別の先取特権とみなされるところ(法66条1項)、特別の先取特権は、別除権として破産手続によらないで行使することができることとされていること(法2条9項、65条1項)及び破産手続開始決定の申立てがあった場合における裁判所による他の手続の中止命令の対象として商法又は会社法の規定による留置権による競売が除かれていること(法24条1項1号参照)にかんがみれば、Yが本件取立行為に着手し、その後、破産会社が期限の利益を喪失したことを契機としてこれを本件約定4条4項に基づく取立てに転化させた上、その後の本件破産手続開始決定により特別の先取特権とみなされた場合においてもこれを更に同条項に基づき上記の取立てを継続することが妨げられるものではないと解すべきであり、必ず破産手続の開始後に取立行為の着手をしなければならないものとまで解すべき理由はない」として、Xの控訴を棄却した。
なお、抵当権者が物上代位をする前に管財人が賃料を収受していた場合、抵当権者は管財人に対して不当利得返還請求ができるかについては争いがあるところであるが、否定説が妥当と考えます。
3 管財人の別除権(担保権)に対する対応
⑴ 管財人の別除権に対する原則的な対応
管財人は,別除権者の地位を尊重したうえで,財団形成に資するように対応を行うのが一般的です。担保権者としても、法定の方法で実行するよりも、管財人に任意処分をしてもらうほうが回収率が高まることが多いことから、担保権者と管財人はコミュニケーションをとって、担保対象物をより高く売却し、担保権者は回収額を高め、管財人も財団増殖を目指すことが多く行われます。
具体的には、管財人は担保対象物について任意売却を進め,管財人が高価で任意売却をする見合いとして、換価代金の一部(3%~10%程度が多いと言われています)を財団に組み入れます。ただし担保対象物が処分困難な物である場合や,担保権者が財団組入に強硬に抵抗する場合には,管財人は担保対象物を放棄することもあります。この場合については⑵を参照してください。
なお、例外的ではありますが、管財人と担保権者の協議がまとまらない場合、管財人は、管財人による強制執行(破産法184条2項)や、担保権消滅請求(破産法185条、3参照)という手段をを行うこともありえます。破産手続における担保権消滅請求については、以下のリンク先をご参照下さい。
⑵ 管財人が担保対象物を放棄した場合の権利関係
管財人が、担保権が付いた状態で担保対象物を放棄や売却した場合であっても、担保権が存続している限り、別除権者として扱われます(破産法65条2項)。別除権不足額が確定しなければ、当該別除権者は配当に参加できませんので(破産法198条3項)、別除権者としては、配当に参加するためには、すみやかに担保権を実行するか、別除権を放棄するなどの手段を取る必要があります。
なお、管財人が不動産を任意売却又は放棄する2週間前に担保権者に通知をしなければならないとされています(破産規則56条)。実務的には、管財人は、担保対象物を任意売却又は放棄する前に担保権者に通知することが多いと思われます。
なお、管財人が放棄した後の、別除権者が行う別除権放棄の意思表示の相手方は、管財人でなく破産者で(最判H12.4.28)、破産者が会社の場合は清算人となります(最判H16.10.1)。
最判H12.4.28
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最判H16.10.1 管財人が放棄した後の、別除権者が行う別除権放棄の意思表示の相手方は、破産者が会社の場合は清算人となるとした判例
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破産者甲の破産管財人Yは、甲が所有していた不動産を当該不動産に抵当権を有するXを含む別除権者らに予告したうえで、放棄を行いました。その後、Yは、Xの債権を載せない配当表を裁判所に提出し、配当表は公告されました。Xは、当該不動産の後順位抵当権者であったが、破産手続における配当に参加するため、除斥期間内に、甲の旧取締役Aに別除権を放棄する旨意思表したうえで、Yに対し配当表に対する異議の申立てをしました。本判決は以下の説示し、Xの申立は棄却されました。
「破産財団から放棄された財産を目的とする別除権につき別除権者がその放棄の意思表示をすべき相手方は、破産者が株式会社である場合を含め、破産者である(最高裁平成11年(許)第40号同12年4月28日第二小法廷決定・裁判集民事198号193頁)。また、株式会社が破産宣告を受けて解散した場合(商法404条1号、94条5号)、破産宣告当時の代表取締役(以下「旧取締役」という。)は、商法417条1項本文の規定によって当然に清算人となるものではなく、会社財産についての管理処分権限を失うと解すべきものであって、その後に別除権の目的とされた財産が破産財団から放棄されたとしても、当該財産につき旧取締役が管理処分権限を有すると解すべき理由はない(最高裁昭和42年(オ)第124号同43年3月15日第二小法廷判決・民集22巻3号625頁参照)。したがって、別除権放棄の意思表示を受領し、その抹消登記手続をすることなどの管理処分行為は、商法417条1項ただし書の規定による清算人又は同条2項の規定によって選任される清算人により行われるべきものである。
そうすると、破産者が株式会社である場合において、破産財団から放棄された財産を目的とする別除権につき、別除権者が旧取締役に対してした別除権放棄の意思表示は、これを有効とみるべき特段の事情の存しない限り、無効と解するのが相当である。
これを本件についてみると・・・破産会社の財産についての管理処分権限を有しないAに対するXの別除権放棄の意思表示は無効と解されるから、Xの前記債権を本件の破産手続における配当に加えることはできないというべきである。そして、このように解しても、Xは、本件不動産を破産財団から放棄する旨の通知をあらかじめ破産管財人Yから受けており、破産管財人Yが本件不動産を放棄する前に破産管財人Yに対して別除権放棄の意思表示をしたり、放棄がされた後に商法417条2項の規定により清算人の選任を請求し、その清算人に対して上記の意思表示をしたりする機会を与えられているのであるから、Xの利益が不当に害されるということはできない。」
⑶ 破産管財人の担保価値保存義務
近時、破産管財人には担保価値保存義務とされています。参考となる裁判例を紹介します(最判H18.12.21 参考裁判例:東京高判H20.9.11)。
なお,破産管財人の善管注意義務違反による損害賠償義務(破産法85条、旧破産法164条2項)は,本来は破産管財人個人が負う義務ですが、破産法148条4号(旧破産法47条4号)により,財団債権として破産財団に対しても請求することができるとされています。通常、破産管財人Y個人ではなく、破産財団に対する損害賠償請求が提起されます。
最判H18.12.21:敷金返還請求権に対する質権の優先弁済権が侵害されたとして、破産管財人の善管注意義務違反の有無が争われた事案
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甲社は、Aから本社事務所などを賃借していたところ、当該賃借にかかる賃貸借契約に基づき差し入れていた敷金返還請求権に、債権者Bらのために質権を設定していました。甲社につき破産手続開始決定がなされ、管財人に選任されたYは、Aとの間の賃貸借契約を終了させる際、裁判所の許可を得たうえで、Aとの間で、敷金のほぼ全額を未払賃料等に充当する合意をしました。そこで、Bらから債権譲渡を受けたXが、Yに対し、Yの行為により質権者の優先弁済権が害されたとして、破産管財人の善管注意義務違反による損害賠償請求又は不当利得返還請求を提起しました。原審が、Yの善管注意義務違反および不当利得返還請求の成立を否定し、請求を棄却したのに対し、Xが上告をしたところ、以下のように説示し、善管注意義務違反は否定したものの、不当利得返還請求は一部認めました。
「建物賃貸借における敷金返還請求権は、賃貸借終了後、建物の明渡しがされた時において、敷金からそれまでに生じた賃料債権その他賃貸借契約により賃貸人が賃借人に対して取得する一切の債権を控除し、なお残額があることを条件として、その残額につき発生する条件付債権であるが(最高裁昭和46年(オ)第357号同48年2月2日第二小法廷判決・民集27巻1号80頁参照)、このような条件付債権としての敷金返還請求権が質権の目的とされた場合において、質権設定者である賃借人が、正当な理由に基づくことなく賃貸人に対し未払債務を生じさせて敷金返還請求権の発生を阻害することは、質権者に対する上記義務に違反するものというべきである。
また、質権設定者が破産した場合において、質権は、別除権として取り扱われ(旧破産法92条)、破産手続によってその効力に影響を受けないものとされており(同法95条)、他に質権設定者と質権者との間の法律関係が破産管財人に承継されないと解すべき法律上の根拠もないから、破産管財人は、質権設定者が質権者に対して負う上記義務を承継すると解される。
以上の見地から本件についてみると、破産管財人Yは、Xに対し、本件各賃貸借に関し、正当な理由に基づくことなく未払債務を生じさせて敷金返還請求権の発生を阻害してはならない義務を負っていたと解すべきところ、前記事実関係によれば、破産管財人Yは、本件各賃貸借がすべて合意解除された平成11年10月までの間、破産財団に本件賃料等を支払うのに十分な銀行預金が存在しており、現実にこれを支払うことに支障がなかったにもかかわらず、これを現実に支払わないでBとの間で本件敷金をもって充当する旨の合意をし、本件敷金返還請求権の発生を阻害したのであって、このような行為(以下「本件行為」という。)は、特段の事情がない限り、正当な理由に基づくものとはいえないというべきである。・・・以上によれば、破産管財人Yの本件行為により本件敷金返還請求権の発生が阻害されたことによって、破産財団が法律上の原因なく本件賃料等・・・円の支出を免れ、その結果、同額の本件敷金返還請求権が消滅し、質権者が優先弁済を受けることができなくなったのであるから、破産財団は、質権者の損失において上記金額を利得したということができる。したがって、破産管財人Yは、・・・円につき、これを不当利得としてXに返還すべき義務を負うというべきである。」 「・・・民法704条の「悪意の受益者」とは、法律上の原因がないことを知りながら利得した者をいうと解するのが相当である(最高裁昭和34年(オ)第478号同37年6月19日第三小法廷判決・裁判集民事61号251頁参照)。これを本件についてみると、破産管財人Yの利得が法律上の原因を欠くことになるのは、本件行為によって破産財団の減少を防ぐことに正当な理由があるとは認められず、本件行為が質権者に対する義務に違反するからであるが、上記正当な理由があるか否かは、破産債権者のために破産財団の減少を防ぐという破産管財人の職務上の義務と質権設定者が質権者に対して負う義務との関係をどのように解するかによって結論の異なり得る問題であって、この点について論ずる学説や判例も乏しかったことや、記録によれば破産管財人Yは本件行為(本件第3賃貸借に係るものを除く。)につき破産裁判所の許可を得ていることがうかがわれることを考慮すると、破産管財人Yが正当な理由のないこと、すなわち法律上の原因のないことを知りながら本件行為を行ったということはできず、破産管財人Yを悪意の受益者であるということはできないというべきである。・・・Xの上記利息の支払請求は、訴状送達の日の翌日以降の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があり(なお、Xの上記利息の支払請求には、訴状送達の日の翌日以降の遅延損害金の支払を求める請求が含まれると解される。)、その余は棄却すべきである。また、上記説示によれば、破産管財人Yが本件行為につき善管注意義務違反の責任を負うともいえないから、不当利得返還請求と選択的にされている旧破産法164条2項、47条4号に基づく損害賠償請求に基づき本件充当合意の日以降の遅延損害金の支払請求を認容することもできない。したがって、以上と異なる原判決を主文のとおり変更するのが相当である。」
東京高判H20.9.11:債権譲渡担保の対象債権を破産管財人が回収したところ、担保権者の破産管財人に対する不当利得返還請求が認められた事例
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甲社(破産者)は、Xからの借入金債務を担保するために、甲社のAに対する売掛金に譲渡担保を設定し、Aの異議ない承諾も得て、確定日付も得ていました。なお、譲渡担保設定契約には、Aから甲社に売掛金支払のための手形が振り出されたときは、甲社はXに譲渡することが定められていたところ、甲社に破産手続開始決定がなされ、破産管財人に選任されたYは、Aから受け取った手形を取り立てました。そこで、Xは、Yに対し、財団債権として、取立金の返還を求めたのに対し、第1審はXの請求を認めたため、Yが控訴した、本判決は以下のように説示し控訴を棄却しました。
「Yは、本件手形をYが取り立てて回収したことによるXの不当利得返還請求権は破産債権である旨主張する。しかし、前記のとおり、Xは本件譲渡担保権に基づき破産財団(破産管財人であるY)に対して本件手形の交付請求権を有していたところ、この請求権は、別除権である本件譲渡担保権に基づく物権的請求権であり、破産会社に対する債権的請求権ではないから、破産債権ではないと解される。そして、破産管財人であるYが本件手形を取り立てて回収し、その結果、上記交付請求権は消滅し、反面、破産財団には回収額と同額の利得が生じたことによりXに不当利得返還請求権が発生するが、この不当利得返還請求権は、破産管財人の本件手形の取立てによって破産手続開始決定後に生じたものであるから、財団債権(破産法148条1項5号)に該当するものというべきである。 」