このページは破産手続における労働債権の取扱について説明しています

破産手続における労働債権の取扱は少々複雑です。財団債権になる部分と優先的破産債権になる部分に分かれますので、その区分はポイントになります。

なお、特に断りのない限り、条文は破産法です。

1 労働債権の範囲及び取扱い(まとめ)

⑴ 労働債権とは

労働債権には、賃金、給料、賞与、手当等名称の如何を問わず、労働の対償として使用者が労働者に支払うべきものが含まれます(労働基準法11条)。

労働債権として認められるためには、「労働者」の債権であることが必要です。労働者性については、以下の別ページ(別タブで開きます)でご確認ください。

なお、役員報酬は、財団債権としての使用人の給料(破産法149条1項)や、優先的破産債権としての雇用関係に基づいた債権(民法308条)のいずれにも該当しないと考えられるので、単なる一般破産債権と解されます。ただし、従業員兼務の従業員部分は、労働債権と同様の扱いとなると考えられます。

⑵ 破産手続における労働債権の区分・範囲(まとめ)

⑴ 財団債権・破産債権の区分

  種類   財団債権部分
(開始決定前 破産法149条)
(開始決定後 破産法148条1項2号)
優先的破産債権部分→⑵参照
(破産法98条、民306条2号、308条)
給料・手当開始後及び、破産手続開始前3ヵ月間の部分左記以外
解雇予告手当財団債権(裁判所によって取扱が異なる可能性があります) 
退職金債権退職前3ヵ月間の給料の総額又は破産手続開始前3ヵ月間の給料の総額のいずれか多い額に相当する額左記以外は、全額が優先的破産債権と解されます(最判S44.9.2

なお、優先的破産債権は債権届出が必要となります。

⑵ 優先的破産債権の範囲

雇用関係に基づいて生じた債権」(民法308条、306条)が、優先的破産債権となりますが(破産法98条)、その範囲は必ずしも明確ではありません。

具体的には、従業員が出張費を立替払いをしていたり、社内預金をしている場合に、これらが「雇用関係に基づいて生じた債権」に含まれるかどうかが、つまり、優先的破産債権か、一般破産債権に過ぎないかがしばしば問題となります。
 以下のように考えられます。

  分類    検   討
出張旅費等本来会社が業務遂行上支払うべき出張旅費等を従業員が立て替えたことにより発生した債権は、原則として、「雇用関係に基づいて生じた債権」に含めて、優先的破産債権すべきものと解されます。転勤に伴う引越代なども、同様と考えられます。
社内預金社内預金は「雇用関係に基づき生じた債権」に該当しないと考えられます(札幌高判H10.12.17)ので、優先的破産債権とはならないと解されます。
札幌高判H10.12.17
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「社内預金返還請求権は、商法295条の『雇傭関係に基づき生じた債権』ではなく、会社に対する他の一般債権と異なるところはないものと解するのが相当であり、本件預金債権は優先権を有する破産債権に該当するものとは認められない。」としました。なお、当時の商法295条は「身元保証金ノ返還ヲ目的トスル債権其ノ他会社ト使用人トノ間ノ雇傭関係ニ基キ生ジタル債権ヲ有スル者ハ会社ノ総財産ノ上ニ先取特権ヲ有ス」と定めていました。
使用人の会社に対する貸付金原則として、「雇用関係に基づき生じた債権」に該当しないと考えられます。
ただし、例外的な事案と考えられるが、使用人の会社に対する貸付金を優先的破産債権とした裁判例があります(浦和地判H5.8.16)。
浦和地判H5.8.16
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甲社にパートタイマーとして勤務していたXは、病気で数ヵ月休職したうえで復職した際に、復職の条件として社内預金名目で金員を甲社に預け入れるように求められたことから、Xは甲社に金員を交付しました。その後、甲社につき破産手続開始決定がなされたため、Xは当該債権につき、優先的破産債権として届け出ましたが、甲社の破産管財人Yは優先的破産債権としては認めなかったため、Xが優先的破産債権であることの確認を求めて訴えを提起するに至りました。 本判決は、「当該債権の発生が雇傭関係に与えた影響の程度、それが真に使用人の自由な意思に基づく契約により発生したものかどうか等の観点から総合的に判断するのが相当である」として、Xの請求を認容し、優先的破産債権と判示しました
その他安全配慮義務違反や職場環境配慮義務違反などによる損害賠償請求権について、優先破産債権となるか否については議論があります。
安全配慮義務違反に基づく損害賠償請求権を再生債権とした裁判例がありますが(札幌高判H20.8.29)、この裁判は優先債権(民事再生法122条)か再生債権かでは争われていないので、あまり参考にはなりません。
札幌高判H20.8.29
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2 労働債権の種類毎の検討

⑴ 給料及び賞与の破産手続における取扱のまとめ

破産手続開始前の給料及び賞与は以下の取扱となります。

なお、破産手続開始後については、全額が財団債権となります(破産法148条1項2号)。

破産手続開始前3ヵ月間の部分財団債権(破産法149条1項)。

破産手続開始決定日から3ヵ月遡って実際に発生した給料が財団債権です。
「3ヵ月分」ではなく「3ヵ月」なので,開始決定日から遡って3ヵ月以内に受けた労務提供の対価部分のみが財団債権となります
上記以外優先的破産債権(破産法98条、民法306条2号)。なお、優先的破産債権は債権届出が必要となります。

⑵ 給与についての留意点

1ヵ月に満たない部分を計算する際には日割り按分が一般的です。
日割按分は,給与規定等に営業日で按分する旨が記載されていれば営業日按分,そのような定めがない場合には総日数での按分で算出すべきと考えられます(破産実務Q&A200問 全国倒産処理弁護士ネットワーク編 317頁)。

手当については、労働協約、就業規則等によって支給条件が明確なものは給料となります(昭22.9.13発基17)、それ以外は賃金とはならないと解されます。例えば、通勤手当は支給基準が定められていることが多いでしょうから、給料債権になることが一般的と考えられますが、出張手当は給料債権に当たらないとケースも多いと考えられます(その場合でも優先的破産債権には該当すると考えられます)(破産・民事再生の実務中[新版]破産編Ⅱ 85頁参照 東京地裁破産再生実務研究会著)。

⑶ 賞与についての留意点

賞与は支給日に発生するという考え方と、一定の期間に渡って発生しているという考え方(例えば6月と12月に支給であれば,6月支給分は1月から6月に日割りで発生しているという考え方)があります。就業規則等で後者の考え方が明示されていない限り前者によるべきと考えられます。

賞与については、給与規程等において、賞与支給日に在籍していることが支給要件になっていることが一般的ですが(在籍要件)、その場合は、破産手続開始前3ヵ月の間に在籍し、かつ賞与支給日に在籍している場合に財団債権となると解されます(破産実務Q&A200問 321頁 全国倒産処理弁護士ネットワーク編)。

⑷ 解雇予告手当

解雇予告手当が財団債権か否かは争いがあります。裁判所によっても取扱が異なる可能性があります。なお、解雇予告手当は民法上の先取特権には該当すると考えれますので、財団債権に該当しないとした場合でも優先的破産債権には該当すると考えられます。
なお、解雇予告手当を払わず解雇した場合でも、破産の場合は即時解雇の有効性が問題となることはほとんどありません(解雇無効を争っても実益がないためです)。

⑸ 退職金債権

退職金債権は、以下の取扱とされています。

   分  類        取扱及び留意点
退職前3ヵ月間の給料の総額 又は 破産手続開始前3ヵ月間の給料の総額 のいずれか多い額に相当する額財団債権となります(破産法149条2項)。

なお,破産手続開始前に一部退職金を払っていた場合,支払済の退職金を財団債権分から控除すべきか否かについては議論があり、今のところ定説はないようです。
退職金は,時効(5年 労働基準法115条)にかかっていない限り,退職前3ヵ月が財団債権となります。例えば,過去にリストラを行っていて、未払いの退職金が発生している場合、数年前に発生している未払退職金も財団債権になります。。
上記以外給料の後払的性格を有することから、優先的破産債権となると解されます(最判S44.9.2)。ただし、退職金の支給基準が労働協約、就業規則等に明確に定められ、賃金の後払的性格を有することが前提となります。
なお、優先的破産債権は債権届出が必要です

最判S44.9.2退職金は、給料の後払的性格を有するため優先的破産債権になるとした判例
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「Xらの本件破産会社に対する退職金債権が給料の後払の性格をもつものであるとする原審の判断は正当であり、そうである以上、右のうち最後の6ヵ月間の給料相当額について一般の先取特権があるとした原審の判断は相当である。けだし、民法306条、308条が雇人の給料について一般の先取特権を認めたのは、賃金保護という社会政策的考慮に出たものであり、右308条がその範囲を最後の6ヵ月間の給料に限つたのは他の債権との均衡を考慮したものであるから、賃金の性格をもつ退職金については、これに一般の先取特権を認めることが右立法の趣旨にも合致するものというべく、・・・」と説示しました。当時の民法308条は「雇人給料ノ先取特権ハ債務者ノ雇人カ受クヘキ最後ノ六个月間ノ給料ニ付キ存在ス」と先取特権の範囲を6ヵ月に限定していました。

3 労働者健康福祉機構による立替払制度について

破産会社に対する労働債権について、労働者健康福祉機構により立替払いがされる制度です。
同制度は、財団形成ができずに労働債権が払えない場合だけでなく、財団形成に時間がかかり労働債権の全部ないし一部の支払いが遅くなる場合にも、迅速に労働債権を支払うために利用されています。
詳細は、労働者福祉機構のホームページ(以下のリンク先)に詳しく記載されています