このページは、破産手続における、否認行為の類型②として偏頗弁済・担保設定の否認について説明をしています。
典型的な例をご紹介したうえで、要件を整理し、裁判例を紹介しています。
1 偏頗弁済・担保設定(破産法162条)の類型及びその具体例
偏波弁済・担保設定の否認は以下のように整理できます。
なお、偏頗弁済・担保設定否認は「既存の債務についてされた担保の供与又は債務の消滅に関する行為に限る」(破産法162条1項)とされていますので、新規借入れと同時または先行して担保供与がなされたような場合(同時交換的行為)の担保設定は否認の対象とはならないと考えられています(同時交換的取引に該当するとして、否認の対象にならないとした裁判例として和歌山地判R1.5.15などがあります)。
詐害行為の内容 | 破産法の条文 | 典型例 |
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弁済等一般 | ・162条1項1号イ
・申立後は、162条1項1号ロ | ・支払不能後に債務を弁済し、支払不能につき受益者が悪意の場合 ・申立後に債務を弁済し、申立につき受益者が悪意の場合 |
うち本旨弁済でない場合 | 162条1項2号、162条2項2号 | 支払不能になる直前に義務なくして既存債務に担保権を設定すること |
2 要件の整理
⑴ 偏波弁済・担保設定に対する否認の要件の整理(上記表に対応しています)
詐害行為の内容 | 要件:( )は、受益者・債権者の側で、そうでなかったことの立証責任を負うものです。 |
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弁済等一般 | ・支払不能であること。 ・支払不能又は支払停止につき受益者が悪意であること
申立後は以下の要件になります。 ・申立につき受益者が悪意であること |
うち本旨弁済でない場合 | ・ 支払義務のなかったこと。 ・ 支払不能になる前30日以内の行為であること ・(債権者の害意) |
⑵ 支払停止・支払不能について
上記の要件のうち、特に重要なのが「支払停止」「支払不能」です。
支払不能とは「債務者が支払能力を欠くために、その債務のうち弁済期にあるものにつき、一般的かつ継続的に弁済することができない状態をいう」(破産法2条11項)とされています。
「支払停止」とは支払不全を外部に表示する債務者の行為であり(最判S60.2.14など)、債務者が支払を停止したときは支払不能にあるものと推定されます(破産法15条2項)。
支払停止・支払不能の意義や裁判例については、以下のリンク先をご参照下さい。
⑶ 補足:受益者等の悪意について
多くの否認は、受益者等が悪意であることが要件とされています。
この点は、より熱心に情報を収集した債権者が悪意となり保護されず、努力をしなかった債権者が善意として保護されることになりバランスを欠くという指摘もあります。しかし、債権者の予測可能性を保護するという趣旨からはやむを得ないものと考えられます。
参考になる事例として、同一の会社更生事件について、金融機関の行動によって善意・悪意の結論が異なった裁判例がありますので、参考までにご照会致します。
京都地判S58.7.18 | 受益者が善意であるとして否認を認めませんでした。 「被告金庫は、本件買戻しがなされた7月10日又は同月20日当時、更生会社が倒産寸前であることを知らなかったし、本件買戻しによって、他の債権者らを害することを知らなかった。そのことは、次のことから明らかである。・・・・」 |
京都地判S58.5.27 | 受益者が悪意であるとして否認を認めました。 「・・・右認定の事実によると、被告はAの倒産を契機として、更生会社甲社の経営に危惧を感じて、更生債権者を害することを知りながら、急拠銀行取引約定書所定の条項を発動して本件各約束手形の買戻し及び本件借入金の弁済を受けたものではないかとの疑念が生ずる」 |
京都地判S57.6.24 | 受益者が悪意であるとして否認を認めました。 「・・・これらの点を考慮すると、被告が更生会社に対し危機意識を有していたことが推認され、むしろ被告は高度の調査能力によって更生会社が他への資金流出を粉飾して隠蔽していたとはいえ、他の一部銀行と同様、・・・の相次ぐ連鎖倒産の流れを知り、更生会社もその影響を受けるであろうことをいち早く察知しながら、本件手形の買戻を要求して買戻をさせたものと推認することができる。」 |
3 弁済等一般に関する裁判例
⑴ 偏頗行為否認の対象行為に関する裁判例
最判H2.11.26 使用者が労働者の同意を得て労働者の賃金債権、退職金債権に対してする相殺は、同意が労働者の自由な意思に基づいてされたものであると認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在するときは、労働基準法に違反しないとしたうえで、退職時には退職金等から残債務を一括返済することを労働者も了解したうえで、会社が、従業員の福利厚生の一環として行った労働者に対する貸付について、退職時に労働者の同意のもとに行われた相殺処理が、破産管財人の否認権行使の対象とならないとした判例
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(破産者甲の元勤務先Y、甲の破産管財人X)「労働基準法(昭和62年法律第99号による改正前のもの。以下同じ。)24条1項本文の定めるいわゆる賃金全額払の原則の趣旨とするところは、使用者が一方的に賃金を控除することを禁止し、もって労働者に賃金の全額を確実に受領させ、労働者の経済生活を脅かすことのないようにしてその保護を図ろうとするものというべきであるから、使用者が労働者に対して有する債権をもって労働者の賃金債権と相殺することを禁止する趣旨をも包含するものであるが、労働者がその自由な意思に基づき右相殺に同意した場合においては、右同意が労働者の自由な意思に基づいてされたものであると認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在するときは、右同意を得てした相殺は右規定に違反するものとはいえないものと解するのが相当である(最高裁昭和44年(オ)第1073号同48年1月19日第二小法廷判決・民集27巻1号27頁参照)。・・・本件相殺は、Yの右一括返済請求権及び返済費用前払請求権をもってする相殺権の行使に甲がその自由な意思により同意したことに基づくものとみるべきところ、債権者の相殺権の行使は、債務者の破産宣告の前後を通じ、否認権行使の対象とはならないものと解すべきであるから(最高裁昭和39年(オ)第1158号同41年4月8日第二小法廷判決・民集20巻4号529頁参照)、本件相殺におけるYの相殺権の行使自体は否認権行使の対象となるものではないというべきである。そして、右にみた甲がYに対して提出した本件委任状の趣旨、内容に照らすと、本件委任状による同意は、破産法上これを否認権行使の対象とする余地のないものというべきである。」
(あてはめとして、東京高判H30.7.18などがあります)
最判H2.10.2 地方公務員共済組合の組合員の給与支給機関が、給与(退職手当を含む)を支給する際に、地方公務員等共済組合法115条2項に基づき、貸付金に相当する金額を控除して組合員に代って組合に払込む行為は、組合員が破産した場合に否認の対象となるとした判例
最判H2.7.19(破産)破産者自身でなく、他の者が破産者の弁済を代行した場合にも否認の対象となるとした判例
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甲県の高等学校教諭であった乙は、自己破産申立て後、同高校を退職し、甲県に退職手当支払請求権を取得しましたが、甲県は、乙に対して貸金債権を有していた公立学校共済組合Yに、当該退職手当の一部を乙に代わって弁済しました。そこで、乙の破産管財人XがYに対して、甲県が乙に代わってYになした当該弁済のうち、乙の退職手当の4分の1相当額(差押許容範囲)について否認権を行使し、支払を求めて提訴しました。第1審はXの請求を認めましたが、控訴審がXの請求を棄却したため、Xが上告したところ、本判決は以下のように説示し、原判決を破棄しXの請求を認めました。
「地方公務員共済組合(以下『組合」という。)の組合員(組合員であった者を含む。以下同じ。)の給与支給機関が、給与(退職手当を含む。)を支給する際、地共法115条2項に基づき、その組合員の給与から貸付金の金額に相当する金額を控除して、これを組合員に代わって組合に払い込んだ行為は、組合員が破産宣告を受けた場合において、破産法72条2号の否認の対象となるものと解するのが相当である。すなわち、地共法115条2項の規定は、組合員から貸付金等を確実に回収し、もって組合の財源を確保する目的で設けられたものであり、給与の直接払の原則及び全額払の原則(地方公務員法25条2項参照)との関係を考慮して、右の払込方法を法定したものと解される。そして、右払込が他の債権に対して優先する旨の規定を欠くことと、『組合員に代わって」組合に払い込まなければならないとしている地共法115条2項の文言に照らしてみれば、この払込は、組合に対する組合員の債務の弁済を代行するものにほかならず、組合において、破産手続上、他の一般破産債権に優先して組合員に対する貸付金債権の弁済を受け得ることを同項が規定したものと解することはできないからである。右払込が地共法115条2項の規定の効力によってされるものであることも、右解釈を妨げるものではない。」
支払停止等を停止条件とする担保設定契約は、契約締結時は支払停止にありませんが、担保設定の効力が発生するのが支払停止時となるため、否認の対象となるか問題となりますが、否認の対象となると解されています(最判H16.7.16、東京地判H22.11.12)。
最判H16.7.16(破産):債務者の支払停止等を停止条件とする集合動産譲渡担保が否認の対象となるとした判例
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甲社は債権者Yとの間で、支払停止等を停止条件とする集合債権譲渡担保契約を締結していたところ、甲社は平成12年3月31日に支払停止となり、同年4月3日に第三者債務者に対して確定日付ある証書による債権譲渡通知を行いました。その後、甲社に同年6月16日に破産手続開始決定がなされ、管財人にされたXは、旧破産法72条1号又は2号(現破産法162条)に基づき、Yに対して否認権を行使しました。第1審、控訴審ともXの請求を認容したことから、Yが上告しましたが、本判決は、「その契約内容を実質的にみれば、上記契約に係る債権譲渡は、債務者に支払停止等の危機時期が到来した後に行われた債権譲渡と同視すべきものであり、上記規定に基づく否認権行使の対象となると解するのが相当である」としました。
東京地判H22.11.12(破産):債権譲渡予約に基づく集合債権譲渡担保が否認の対象となるとした裁判例
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債務者甲社は、銀行Yとの間で、平成18年6月に、Yに対する債務(借入金等)の担保として、甲社の取引先に対する現在及び将来の一切の債権をYに譲渡することを予約する旨の譲渡予約契約に基づく集合債権譲渡を行いました。予約の効力は、甲社が期限の利益を喪失した時点か、その前にYが必要と認めた時点で発生するものとされていたところ、甲社は銀行Yを含む各金融機関に平成19年12月ころ返済遅延の申し入れを行い、平成20年2月ころ私的再生計画案を持参するなどしたため、Yは同年6月に予約完結権を行使して、債権譲渡登記手続きを行いました。
甲社は、平成20年9月に破産手続開始決定を受け、破産管財人に選任されたXが当該債権譲渡の対象になった債権の第三債務者に対して支払を求めたところ、当該第三債務者の一部は弁済供託をしたため、Xは当該債権譲渡に対し否認権を行使し、Yに対して、当該債権譲渡の対象債権及び供託金の返還請求権がXに帰属すること及び、債権譲渡登記の否認登記を求めて提訴しました。
本判決は、「債務者の支払停止等を予約完結権の発生事由とする債権譲渡契約は、破産法162条1項1号の規定の趣旨に反し、その実効性を失わせるものであって、その契約内容を実質的にみれば、債務者に支払停止等の危機時期が到来した後に行われた債権譲渡と同視すべきものであり、同号に基づく否認権行使の対象となると解するのが相当である(旧破産法72条2号に関する最高裁判所平成16年7月16日第二小法廷判決・民集58巻5号1744頁参照)。」とし、また、平成19年に甲社が各金融機関に返済遅延の申し入れをした時点で支払不能が推定されるとして、Xの請求をいずれも認めました。
千葉地裁H25.11.27 生活保護受給者たる破産者が市に対して生活保護法63条に基づき費用を弁済した行為が、市の悪意などの要件も認められることを前提に破産法162条の定める否認権行使の対象となるとした裁判例
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Yの市長を実施機関とする生活保護の被保護者甲が、その資産を処分するなどして金銭を得たことから、Yに対し、生活保護法63条に定める費用返還義務の履行として金銭を納付した行為について、その後に甲について開始された破産手続の破産管財人Xが、破産法162条1項1号の否認権を行使して、Yに対し、上記納付額及びこれに対する最終納付日の翌日以降の遅延損害金の支払を求めたところ、本判決は以下のように説示して、Xの請求を認めました。
「Yの職員は、本件保護申請から本件弁済までの間を通じ、本件保護開始決定に至る手続やその後の生活保護の実施上の手続において、甲の妻から資産状況報告書の提出を受けたり、その説明を聴取したり、現地調査をしたりして、甲の資産状態ないしその推移が上記のとおりであることを認識していたと認められる。・・・Yの市長による本件保護開始決定に基づく保護費の給付を受けてきた甲が、Yに対し、生活保護法63条に定める費用返還義務の履行としてした本件弁済は、破産法162条1項1号に該当し、その有害性及び不当性にも欠けるところがない」
東京地判R2.1.20 支払不能後の期限前弁済が否認の対象となるとされたうえで、期限前弁済を受けた破産債権者の代表取締役が、悪意又は重過失によりその任務を懈怠したものとして破産管財人に対し会社法429条1項の責任を負うとされた事例
⑵ 特定債務に弁済する趣旨での借入れによる弁済
特定の債務に弁済する趣旨で借り入れたうえで弁済することは、債権者が変更するだけで総債務額に変更はなく破産債権者を害するものでないと解されますので、原則として、否認の対象にはならないとされています(最判H5.1.25)。
最判H5.1.25(破産):借入により特定の債権者に弁済した事案につき、否認の対象にはならないとした判例
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甲(破産者)が、特定の債権者Yに弁済するために乙及び丙から資金を借り入れ、Yに弁済しました。なお、甲が借入金を他の使途に流用したり、他の債権者が差押えその他の方法により弁済を受けることは全く不可能な状況にあり、乙及び丙は甲が借入金をYに対する債務の弁済に充てることを約さなければ貸付けをせず、さらに甲の乙及び丙に対する借入債務はYに対する債務より利息などその態様において重くなかったという事情がありました。甲の破産管財人Xが、Yに対する弁済につき否認し、弁済金の返還を求めて提訴した(なお、借り入によらない弁済も請求しているが、省略)ところ、 第1審、控訴審ともXの請求を認めなかったためXが上告しました。
本判決は「このような借入金は、借入当時から特定の債務の弁済に充てることが確実に予定され、それ以外の使途に用いるのであれば借り入れることができなかったものであって、破産債権者の共同担保となるのであれば破産者に帰属し得なかったはずの財産であるというべきである。そうすると、破産者がこのような借入金により弁済の予定された特定の債務を弁済しても、破産債権者の共同担保を減損するものではなく、破産債権者を害するものではないと解すべきであり、右弁済は、破産法72条1号による否認の対象とならないというべきである」として、上告を棄却しました。
4 偏頗行為否認のうち、本旨弁済でない行為に関する裁判例
⑴ 偏頗弁済の目的に欠けるとされた裁判例
東京地判H23.4.12(再生):再生債務者が誤って借入先の銀行預金口座に申立直前に資金を移動する行為は否認の対象とならないとした裁判例
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再生債務者甲社が、民事再生手続開始の申立てをする直前、銀行Aにある甲社名義の預金の相殺を回避するために、借入れのない銀行に当該預金残高を異動すべきところを、誤って、借入れのある銀行Yの甲社名義の預金口座に移動したため、甲社の民事再生手続開始申立てにより、銀行Yは、当該入金された金員の預金債権を受働債権、貸付金の返還請求権を自働債権として相殺を行いました。そこで、再生債務者甲社の監督委員に選任されたXが、Yに対して、当該相殺が偏頗行為否認の対象になるとして否認権を行使し、当該相殺の受働債権とした預金残高につき支払を求めて提訴しました。
本件判決は、民事再生法127条の3第1項「債務の消滅に関する行為」は、債務を消滅させる行為に限定されるところ、「本件振込みは、Yと甲の普通預金契約を前提として甲に預金債権を取得させたにとどまり、甲の本件貸付けに係る債務を消滅させる効果を持つ行為ではなく、かつ、甲には、弁済においては当然伴っているはずの本件振込みにより当該債務が消滅するとの認識や当該債務を消滅させる目的が欠如しているのである」とし、また、「担保の供与」は担保権者と担保権設定者双方の意思表示の合致による担保権設定契約に基づくものに限定されるとして、Xの請求を棄却しました。
⑵ 本来の弁済期が支払不能より前の場合の、期限前弁済が否認の対象になるとした裁判例
本来の弁済期に弁済していれば否認の対象にならなかった場合、本来の弁済期前の返済が、偏頗弁済否認の対象になるかが問題となります。
支払不能前の本来の弁済期前に返済した場合は、「支払義務のなかったこと。」という要件を満たさないため、仮に支払不能の1日前でも否認の対象になりません。
しかし、本来の弁済期前に返済した場合は、「支払義務のなかったこと」という要件を満たしますので、さらに「 支払不能になる前30日以内の行為(弁済)」であり、「(受益者の害意)」の要件を満たせば否認の対象になります。
大阪高判H30.12.20は、否認の対象になるとしています。
大阪高判H30.12.20 本来の弁済期に弁済していれば否認の対象にならなかった場合でも、本来の弁済期前の返済は、偏頗弁済否認の対象になるとした裁判例
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甲社の破産管財人Xが、平成27年5月15日時点において支払不能であったことを前提に、本来の弁済期が同年4月30日のYからの借入について、同年4月15日から4月28日にかけて甲社がYに分割して行った期限前弁済について否認権を行使したのが本件です、Yは本来の弁済期に弁済をしていれば否認の対象にならないなどとして争いましたが、本判決は以下のように説示して、Xの請求を認めました。
「破産法162条1項2号の趣旨は、時期に関する非義務行為(期限前弁済)についてみると、それが支払不能よりも前にされた場合であっても、弁済期まで待てば支払不能になることが確実であるときは、破産リスクを他の債権者に転嫁し、債権者間の平等を著しく害する行為であるため(有害性)、期限前弁済を受けた債権者がその点について善意である場合を除き、破産者の義務に属する行為よりも広く否認を認めるところにある。それは、同時に、弁済期が支払不能よりも後に到来する場合、債権者が期限前弁済を受けることによって、支払不能後の偏頗行為否認(同条項1号)を潜脱することを許さないという機能も有する(潜脱防止)。
この点に関し、破産法162条1項2号は文言上、弁済期と支払不能との前後関係について規律するものではないから、本件のように、期限前弁済における弁済期が支払不能よりも前に到来する場合にも、同条項2号の適用を考えることができるのか問題となる。
そこで検討するのに、本件のように弁済期が支払不能よりも前に到来する場合、本来の弁済期に弁済しても(本旨弁済)、もとより破産法162条1項1号の偏頗行為否認の対象ではないから、その潜脱防止は観念できない。しかし、上記の有害性の観点からみると、支払不能よりも前の段階でも、それまでに債務者の財務状況が徐々に悪化し、支払不能に陥ることが確実であるという状態を観念することができる。この時期における期限前弁済は、本来の弁済期が支払不能よりも前に到来する場合であっても、やはりこれを受ける債権者のみに優先的な満足を与え、破産リスクを他の債権者に転嫁するものであって、債権者間の平等を害するという有害性の程度には変わりがない。
また、支払不能は、当該債務者について破産手続が開始された後、破産管財人により否認権が行使される段階になって主張立証され、定められる概念であって、債務者が期限前弁済をする時点では、後に支払不能が弁済期の前後のいずれに定まるのか不確定であるといえる。
そうであるならば、債務者が期限前弁済をした時点で、客観的には弁済期まで待てば支払不能に陥ることが確実である状態にあるため他の債権者を害するという状況にあり、かつ、債権者がその点について善意とはいえない場合、後の破産手続において支払不能が弁済期の前後のいずれに定まろうとも、期限前弁済により破産リスクは他の債権者に既に転嫁されたといえるのであるから、その有害性の程度に差違はないはずである。
以上によれば、本件のように弁済期が支払不能よりも前に到来する場合であっても、支払不能から遡って30日以内に期限前弁済がされたときは、破産法162条1項2号所定の「その時期が破産者の義務に属しない行為」に該当すると解するのが相当である。」
⑶ 動産売買先取特権の目的物による代物弁済
動産売買先取特権の目的物をもって当該先取特権者に代物弁済することは、売買当時と代物弁済当時の目的物の価格の均衡が保たれている限り、否認の対象とならないとされています(最判S41.4.14)。ただし、破産者が一度目的物を第三取得者に引渡した後に当該第三取得者との間で合意解約をして先取特権者に代物弁済した場合には否認の対象となります(最判H9.12.18)。
最判S41.4.14:動産売買先取特権者に支払停止後代物弁済をしても、売買当時と代物弁済当時の目的物の価格の均衡が保たれている限り否認の対象とならないとした判例。また、否認権行使の効果についても判示しています。
裁判例の詳細を見る
甲社に対して売買代金債権を有するYは、甲社の支払停止を受けて、甲社の破産手続開始申立て(債権者申立て)をするとともに、甲社に残っていたYが甲社に引き渡した商品及び他社商品を搬出して引き取ったうえで、甲Y間で売掛債権の一部の代物弁済とする合意をしました。その後、甲社につき破産手続開始決定がなされ、破産管財人に選任されたXは、当該代物弁済につき否認権を行使し、Yに対し、当該物の価格償還を求める訴えを提起したところ、第1審、控訴審ともXの請求を一部棄却したためXが上告しました。
他社商品について(否認権行使の効果についての判示)
本判決は、他社商品については否認に該当することを前提に、その否認権の効果につき、「破産法上の否認権行使に因る原状回復義務は、破産財団をして否認された行為がなかった原状に回復せしめ、よつて破産財団が右行為によつて受けた損害を填補することを目的とするものであるから、否認された行為が商人間の取引によりなされた代物弁済であり、かつ右否認により破産財団に返還さるべき物品がすでに原状回復義務者の手中に存しない場合には、返還義務者は右代物弁済の目的物に代わる価格と、破産者又は破産財団が代物弁済によりこれが利用の機会を失い或いは返還義務者をしてこれを無償で使用せしめざるを得なかつたため当然被つたと認めらるべき法定利息とを返還すべきものと解すべく、特に反証のない限り、右代物弁済の目的物に代わる価格は商行為に利用されうべかりしものと認められるから、その利率は年6分とするを相当とする。」としました。
Y社が甲に引き渡した商品について
「Yが動産売買の先取特権を有する原判示物件を、被担保債権額(売買代金額)と同額に評価して甲社がYに代物弁済に供した行為が、破産債権者を害する行為にあたらない旨の原判決の判断は、売買当時に比し代物弁済当時において該物件の価格が増加していたことは認められない旨の原判決の確定した事実関係の下においては、正当である。破産債権者を害する行為とは、破産債権者の共同担保を減損させる行為であるところ、もともと前示物件は破産債権者の共同担保ではなかつたものであり、右代物弁済によりYの債務は消滅に帰したからである。」として、Yが引き取ったY社が甲に引き渡した商品にYの動産売買先取特権が及ぶことを前提として、甲がYに代物弁済した行為は他の破産債権者を害するものでないとして、Xの請求を認めませんでした。
最判H9.12.18:破産者が動産売買先取特権の対象物を第三取得者に引き渡した後に、当該第三取得者との間で合意解約をして動産売買先取特権者である売主に代物弁済したことが否認の対象となるとした判例
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甲社(破産会社)は、Yから商品を購入し、乙社に転売して約束手形を受け取りました。甲社は第一回目の手形不渡りを出した後、Yから要請を受けて乙社に当該商品の返還を求め、交渉の結果、甲社と乙社は転売契約を合意解除し、甲社は、乙社から受け取っていた約束手形を返還し、これと引き換えに商品の返還を受けて、これをYに対する売買代金債務の弁済に代えて譲渡する旨の合意が成立し、実行されました。
甲社に破産手続開始決定がなされ、破産管財人に選任されたXは、転売契約の合意解除により乙社から取り戻した商品をYに対する売買代金債務の代物弁済に供した行為が破産法72条1号、2号、4号に該当するとして、否認権を行使し、Yに対し、商品の返還に代えてその価額の償還を求めて提訴したところ、第1審はXの請求を認めましたが、控訴審はXの請求を棄却したため、Xが上告したところ、以下のとおり説示し、破棄差戻しとしました。 「・・・Yは、本件物件につき動産売買の先取特権を有していたが、本件物件が乙社に転売されて引き渡されたため、本件物件に対して先取特権を行使し得なくなったところ、その後に支払を停止した甲社は、本件物件をYに返還する意図の下に、転売契約を合意解除して本件物件を取り戻した上、本件代物弁済を行ったものと認められる。ところで、動産売買の先取特権の目的物が買主から第三取得者に引き渡された後に買主がその所有権及び占有を回復したことにより、売主が右目的物に対して再び先取特権を行使し得ることになるとしても、甲社が転売契約を合意解除して本件物件を取り戻した行為は、Yに対する関係では、法的に不可能であった担保権の行使を可能にするという意味において、実質的には新たな担保権の設定と同視し得るものと解される。そして、本件代物弁済は、本件物件をYに返還する意図の下に、転売契約の合意解除による本件物件の取戻しと一体として行われたものであり、支払停止後に義務なくして設定された担保権の目的物を被担保債権の代物弁済に供する行為に等しいというべきである。なお、Yは、本件物件が転売されたことにより、転売代金債権につき先取特権に基づく物上代位権を取得したものと認められるが、物上代位権の行使には法律上、事実上の制約があり、先取特権者が常に他の債権者に優先して物上代位権を行使し得るものとはいえない上、本件代物弁済の時点では本件物件の売買代金債権の弁済期は到来しておらず、Yが現実に転売代金債権につき物上代位権を行使し得る余地はなかったと認められるから、本件代物弁済が他の破産債権者を害する行為に当たるかどうかの判断につき右物上代位権の存在が影響を与えるものではない。以上によれば、甲社の本件代物弁済は、破産法72条4号による否認の対象となるものと解するのが相当である。」
5 その他、偏頗行為否認の関する参考となる裁判例
東京地判H19.3.29(破産):相殺可能であっても、相殺処理をせずに小切手を預かり弁済に充当したことが否認の対象になるとした裁判例
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建設会社甲が耐震偽装問題に関与していたことが発覚したため、甲の取引金融機関Yは、平成17年11月19日に甲の預金を凍結するとともに甲に期限の利益喪失通知を行い、同月21日午前零時に、Yの甲に対する債権の弁済期が到来したとして、Yは甲から小切手の交付を受け、当座預金の残高を弁済に充当しました。そこで、甲の破産手続開始決定により管財人に選任されたXは、Yが預金を凍結した平成17年11月19日、又はYの甲に対する債権の弁済期が到来した同月21日午前零時に支払不能になったとして、否認権を行使し、弁済金の返還を求めて訴えを提起したのに対し、銀行Yは、小切手による弁済が相殺したものであると主張して争いました。
本判決は、「支払不能であるか否かは、現実に弁済期の到来した債務について判断すべきであり、弁済期未到来の債務を将来弁済することができないことが確実に予想されたとしても、弁済期の到来した債務を現在支払っている限り、支払不能ということはできない」ことを前提に、詳細に事実認定をして「支払能力を欠くために、同日(引用者注:21日を指す)の午前零時以降に弁済期の到来する債務について、一般的かつ継続的に弁済することができない状態にあったことは明らかであり、甲は、同日午前零時の時点で、支払不能になったということができる。」とした。そのうえで、「相殺は、双方の債務が互いに相殺に適するようになったときであっても(双方の債務が相殺適状にあっても)、相殺の意思表示がされない限り、その効果を生じないところ(民法506条1項)、破産法は、相殺と弁済とでその取扱いを異にしており(破産法67条から73条まで、160条から176条まで)、弁済行為についての否認権の行使に当たっては、当該弁済に係る債権が別の債権と相殺適状にないことを要件とはしていないのであるから、破産者が支払不能になる前に、弁済行為により消滅する破産債権者の破産者に対する債権と破産者の破産債権者に対する債権とが相殺適状の状態にあったとしても、上記弁済行為を否認することができると解するのが相当である。」として、Xの請求を概ね認めました。
神戸地裁伊丹支決H22.12.15(破産) 申立代理人が行った和解について否認を認めた事例
東京地判H23.4.12(再生) 再生債務者が誤って借入先の銀行預金口座に申立直前に資金を移動する行為は否認の対象とならないとした裁判例
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再生債務者甲社が、民事再生手続開始の申立てをする直前、銀行Aにある甲社名義の預金の相殺を回避するために、借入のない銀行に当該預金残高を異動すべきところを、誤って、借入のある銀行Yの甲社名義の預金口座に移動したため、甲社の民事再生手続開始申立てにより、銀行Yは、当該入金された金員の預金債権を受働債権、貸付金の返還請求権を自働債権として相殺を行いました。そこで、再生債務者甲社の監督委員に選任されたXが、Yに対して、当該相殺が偏頗行為否認の対象になるなどとして否認権を行使し、当該相殺の受働債権とした預金残高につき支払を求めて提訴しました。
本判決は、民事再生法127条の3第1項「債務の消滅に関する行為」は、債務を消滅させる行為に限定されるところ、「本件振込みは、Yと甲の普通預金契約を前提として甲に預金債権を取得させたにとどまり、甲の本件貸付けに係る債務を消滅させる効果を持つ行為ではなく、かつ、甲には、弁済においては当然伴っているはずの本件振込みにより当該債務が消滅するとの認識や当該債務を消滅させる目的が欠如しているのである」とし、また、「担保の供与」は担保権者と担保権設定者双方の意思表示の合致による担保権設定契約に基づくものに限定されるとして、Xの請求を棄却しました。
徳島地判H25.11.21 破産会社が支払不能となる前の30日以内に、破産会社から領収証の交付を受け、破産会社が有する売買代金債権の取立てを委任されたと主張する債権者の行為が、質権を設定したのと同様の効果をもたらすものとして、否認の対象になるとした裁判例
札幌地判R3.7.15 偏頗弁済否認に、破産法166条(「破産手続開始の申立ての日から1年以上前にした行為・・・は、支払の停止があった後にされたものであること又は支払の停止の事実を知っていたことを理由として否認することができない。」)は類推適用されないとした裁判例(控訴棄却、上告棄却)
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破産者甲の破産申立代理人乙が、受任通知を破産債権者Yに発送した後に、甲所有の不動産に掛けられていた住居建物総合保険の解約返戻金を弁済したため、破産管財人Xが、Yに対し、支払不能後の弁済であるとして、破産法162条1項1号イに基づき否認権を行使したのが本件です。Yは166条が類推適用され、1年前の弁済だから否認権は行使できないなどとして争いましたが、本判決は以下のように説示し、Xの請求を認めました。
「支払停止は、一回的行為として支払不能である旨を外部に表明するものであり、支払不能の徴表としては不確実な事実であるから、破産手続開始の申立ての日から無制限に遡って支払停止を要件とする否認を認めた場合、取引を長期間にわたって不安定な状態に置くことになる。破産法166条は、このような場合における否認権の行使に1年という時期的な制限を設けることによって、取引の安全の保護を図る規定と解される。これに対し、支払不能は、弁済能力の欠乏のために債務者が弁済期の到来した債務を一般的、かつ、継続的に弁済することができない客観的な状態を意味するものであるから(破産法2条2項11号)、破産債権者が支払不能について悪意の場合に、破産手続開始の申立ての日から1年以上前に遡って否認を認めたとしても、不当に取引の安全を害することにはならないと考えられる。・・・Yは、破産法166条の適用を支払停止の場合だけに限定することは、相殺禁止の除外原因について定めた破産法71条2項3号及び72条2項3号とも平仄を欠く旨を主張する。しかしながら、相殺禁止と偏頗行為否認とは完全に同質の制度とは言い切れないし、それ自体が破産手続開始原因となる支払不能と、その徴表にとどまる支払停止とを、否認権行使の場面において当然に同一に取り扱うべきともいえず、Yが指摘する点を考慮しても、支払不能の場合に、破産法166条を類推適用すべきものと解することはできない。」