このページは破産手続における、否認行為の類型③として、対抗要件否認、執行行為の否認について説明をしています

対抗要件否認破産法164条)とは、権利変動の原因となる法律行為に対する否認とは別に、権利変動に伴う対抗要件具備行為について否認を認めるものです。

執行行為否認は、特別な否認の類型ではなく、債権者の行為が、債務名義や執行行為に基づくものであっても、否認の対象となることを確認した規定です(破産法165条)。

いずれも、事案としては多くありませんので、簡単な説明にとどめています。

1 対抗要件否認(破産法164条)

⑴ 内容

対抗要件否認(破産法164条)とは、権利変動の原因となる法律行為に対する否認とは別に、権利変動に伴う対抗要件具備行為について否認を認めるものです。

対抗要件が否認されることにより、権利設定の効力を破産管財人に対抗できないこととなります。対抗要件否認の制度趣旨は「原因行為そのものに否認の理由がないかぎり、できるだけこれを具備させることによつて当事者に所期の目的を達せしめるのが相当である。それゆえ、破産法は74条において、一定の要件を充たす場合にのみ、とくにこれを否認しうることとしたのである。」と説明されています(最判S45.8.20)。

最判S45.8.20(破産):管財人が対抗要件否認について主張していないとしても、対抗要件否認の要件を満たす事情があらわれている場合、裁判所は、対抗要件否認に関して釈明義務があるとした判例

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破産者甲の管財人に選任されたXが、甲がYに対して行った不動産による代物弁済につき否認権を行使し、Yに対し、不動産登記の抹消登記手続を求めて訴えを提起したところ、第1審はXの請求を認めましたが、控訴審はXの請求を棄却したためXが上告しました。なお、Xは控訴審において、対抗要件否認を主張していませんでした。本判決は、以下のように説示し、破棄差戻しとしました。
「・・・本来、不動産の物権変動は、対抗要件を具備しない以上第三者に対抗しえないものであるから、これを具備しない不動産の物権変動はこれをもつて破産財団にその効力を及ぼしえないものである。したがつて、この要件を具備することは、破産財団の増減という観点からは、権利変動の原因たる法律行為と同様破産債権者を害する結果を生じうべきものであり、かかる要件の充足行為も、元来同法72条の一般規定によつて否認の対象とをしうべきものである。しかし、対抗要件なるものが、すでに着手された権利変動を完成する行為であることを考えれば、原因行為そのものに否認の理由がないかぎり、できるだけこれを具備させることによつて当事者に所期の目的を達せしめるのが相当である。それゆえ、破産法は74条において、一定の要件を充たす場合にのみ、とくにこれを否認しうることとしたのである。破産法が、72条のほかにとくに74条をおいて対抗要件の否認について規定したのも、その趣旨は以上のように解せられるのである。そうであれば、一般に、破産管財人が同法72条に基づいて当該物権変動を否認し、これを原因とする登記の抹消を訴求している場合において、同人の主張および弁論の全趣旨のうちに同法74条の要件を充たす事情があらわれているならば、もし、同法72条に基づく原因行為の否認が認容されないときは、原告たる破産管財人において、さらに同法74条に基づきその対抗要件をも否認せんとするものであることは、ほとんど疑いを容れる余地がないのである。したがつて、裁判所としては、かかる場合において、もし原因行為自体が否認の対象にならないとの判断に到達したときは、同法74条の否認についてもさらに主張・立証を備えさせることに努めたうえで、この点についても判断をすべきが当然である。ところで、本件についてこれをみるに、原審の認定する前記事実関係に徴すれば、・・・、同法74条の要件事実は、ほとんどあますところなく弁論にあらわれているといえるのである。加うるに、本件においては、第一審において、原因行為自体の否認が容認され、かつ、予備的に74条による否認までも判断されているのであるから、それらの事情をも考えあわせるならば、原審としては、いやしくも一審と異なる判断に立つて原因行為の否認を認めないのであれば、進んで同法74条に基づく対抗要件の否認についても、よろしく釈明権を行使して当事者の注意を喚起し、この点に関する主張・立証を備えさせたうえ、これについても判断を下すべきが当然である。」

⑵ 要件

支払停止又は破産手続開始の申立(「支払停止等」)。なお、詐害行為否認の要件を満たせば、支払停止前であっても対抗要件具備行為を否認できるする裁判例があります(東京地決H23.11.24)。

東京地決H23.11.24会社更生) 事業再生ADRから会社更生へ移行した場合の否認権行使の要件について判示した裁判例

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甲社は、乙社グループが所有する不動産の管理・運営等を行う株式会社、X銀行は、乙社の債権者であった。平成22年11月中旬頃、乙社グループにおける不適切な会計処理が発覚するところとなったため、甲社を含む乙社グループは、平成22年12月20日、事業再生ADR手続の利用を申請し、同日受理された。受理数日後、Xは甲社との間で締結した平成21年10月30日付け根抵当権設定契約(債務者を乙社、根抵当権者をX、とするもの。)に基づき、各不動産に根抵当権設定仮登記を具備しましたた。その後、乙社グループは、平成23年1月24日、事業再生ADRの正式申込みを行い、同日、Xを含む各金融機関に対して書面で一時停止の通知を行いましたが、平成23年2月2日、事業再生ADRを取り下げ、乙社は同日に、甲社は同年5月25日に、それぞれ更生手続開始の申立てをし、いずれもYが管財人に選任されましたた。Xが、甲社について、上記根抵当権設定仮登記が有効であることを前提とした更生担保権の届出をしたところ、Yがこれを全額認めない旨の認否をしたため、Xは更生担保権の査定の申立て(会社更生法151条)をした。本決定は結論としては、Xの申立てを認めましたが、その説示部分で以下のように述べています。
まず、支払停止については、「支払の免除又は猶予を求める行為であっても、合理性のある再建方針や再建計画が主要な債権者に示され、これが債権者に受け入れられる蓋然性があると認められる場合には、一般的かつ継続的に債務を弁済できない旨を外部に表示する行為とはいえないから、『支払の停止』ということはできないと解するのが相当である。・・・本件仮登記具備行為は『支払の停止』後の行為には当たらないので、その余の要件を検討するまでもなく、Yの法88条1項に基づく否認権行使は理由がない。」と説示しました。
そのうえで対抗要件具備行為に対する詐害行為否認の可否について以下のように説示しました。
「対抗要件具備行為は、第三者に対する関係では実質的には財産処分行為であるから、本来、否認の一般規定の適用によって否認の対象にすることも可能である。しかし、それ自体では新たに権利変動を生じさせる行為でなく、既に着手された権利変動を完成させる行為であることを考慮し、原因行為に否認の理由がない限り、できるだけ対抗要件を具備させて当事者の保護を図るため、否認の要件を制限する趣旨で特にこれを否認できることとしたのが、対抗要件否認の規定であると解される(平成16年法律第75号による改正前の破産法に関する最高裁判所昭和44年(オ)第1061号同45年8月20日第一小法廷判決・民集24巻9号1339頁等参照)。そして、債務者が権利変動の原因行為を行ったにもかかわらず、相当の期間内に対抗要件を充足する行為を行わず、支払の停止等の後になって初めて対抗要件具備行為に及んだ場合には、債務者の財産状態に対する一般債権者の信頼を裏切り、公平の理念に反する結果を招くことになることから、上記規定は、原因行為から15日を経過した後に支払の停止等を知ってされた対抗要件具備行為を否認の対象としている。このような対抗要件否認の趣旨、目的や要件等に照らすと、対抗要件否認の規定は、債務者の詐害意思を要件とする『故意否認』を制限したものではなく、債務者の詐害意思を要件とせずに危機時期にされた行為を対象とする『危機否認』の要件を加重する趣旨に出た特則と解するのが相当である。
 ところで、現行の破産法や法においては、『故意否認』と『危機否認』の別が廃止され、行為類型の区別を基本として、責任財産を絶対的に減少させる詐害行為の否認と債権者平等に反する偏頗行為の否認に類型化した上で、それぞれにつき危機時期の基準や主観的要件等の整理が図られた。これを前提として、現行法の下における否認に関する各規定の内容・要件等に鑑みると、〈1〉担保供与又は債務消滅行為を対象とする偏頗行為否認の規定(破産法162条1項1号、法86条の3第1項1号)と、〈2〉それ以外の財産処分行為を対象とする詐害行為否認に関する規定の一部(破産法160条1項2号、法86条1項2号)は、従前の『危機否認』の規定に対応するということができる。そして、対抗要件否認の規定(破産法164条、法88条)は、危機否認に対応する上記〈1〉及び〈2〉の各規定のいずれとの関係でも、その各要件を加重した特則とみることができる。そうすると、これら一般規定によって対抗要件具備行為を否認することは、当該特則の置かれた趣旨を没却し、他の否認規定の内容、要件と齟齬を来すことになるため、許されないというべきである。他方、〈3〉担保供与又は債務消滅行為以外の財産処分行為を対象とする詐害行為否認の規定のうち危機否認と直接関係がない規定(破産法160条1項1号、法86条1項1号)は、従前の『故意否認』の規定に対応するということができ、対抗要件具備行為は、上記のとおり『故意否認』の特則ではないと解されるので、故意否認に対応する上記〈3〉の規定の要件を満たす場合には、当該規定によって、対抗要件具備行為を否認することが許されることになると解される。
 ・・・このような見地に立って、本件仮登記具備行為の性質をみるに、・・・上記物上保証行為は、自らの債務に対する担保提供ではなく、更生会社が義務なくして他人のためにその資産を流出させる財産処分行為に当たるから、これを原因行為とする本件仮登記具備行為が法86条1項1号所定の要件を満たす場合には、同号による否認の対象となるものというべきである。
 ・・・次に、平成22年12月24日及び同月27日の本件仮登記具備行為が法86条1項1号の要件を満たすかどうか検討する・・・甲社が本件仮登記具備行為時に実質的危機状態にあったと認めることはできず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。・・・したがって、本件仮登記具備行為につき、その余の点を検討するまでもなく、法86条1項1号に基づく否認権行使は理由がない。」

権利移転から15日を経過した後に支払停止等につき知って対抗要件を具備したこと(仮登記を本登記にした場合を除く)。

支払停止の意義や裁判例については、以下のリンク先をご参照下さい。

③否認の対象となるのは、原則として、破産者の行為又はこれと同視すべきものに限られると解されています(最判S40.3.9。ただし、仮登記仮処分命令に基づく仮登記は破産者の行為と同視すべきものとして、否認できるとされています(最判H8.10.17)。

最判S40.3.9(破産):対抗要件否認の対象となるのは、破産者の行為又はこれと同視すべきものに限られるとした判例

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破産管財人が、破産者の有していた債権の債権譲渡につき第三債務者の承諾行為を否認するとして争った事案につき、本判決は「破産者が、破産宣告を受ける以前、その有する権利を他人に譲り渡し、当該譲渡行為が有効であり、かつ、破産管理人によつて否認されないときでも、右権利の変動について対抗要件が充足されないかぎり、他人はその権利の取得をもつて破産債権者に対抗することができず、結局、同権利は破産財団に属することになるが、対抗要件が充足されれば、当該権利変動の原因が否認されないかぎり、その権利は破産者の財産から逸脱し、その財産はそれだけ減少することになるから、対抗要件充足行為も破産債権者を害しうる行為の一種であるということができる。しからば、対抗要件充足行為も、元来、破産法72条の規定による否認の対象となりうべき行為といえるであろうが、その特殊の性質にかんがみ、破産法は、同法72条の特則として、対抗要件の否認に関し、とくに同法74条の規定を設けたものと解するのが相当である。したがつて、同条により否認しうる対抗要件充足行為も破産者の行為またはこれと同視すべきものにかぎり、破産者がその債権を譲渡した場合における当該債務者の承諾は同条による否認の対象とはならないものというべきであつて、原審が本件債権譲渡の承諾について確定した事情のもとで、右承諾は同条の規定による否認の対象となりえない旨判示したのは正当であり、原判決に所論の違法はない。」とした。

最判H8.10.17(破産):仮登記仮処分命令に基づく仮登記(仮登記権利者が単独ですることができる)が対抗要件否認の対象となるとした判例

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「仮登記は、それ自体で対抗要件を充足させるものではないが、本登記の際の順位を保全し、破産財団に対してもその効力を有するものであるから、仮登記も対抗要件を充足させる行為に準ずるものとして破産法七四条一項の否認の対象となるものと解すべきである。そして、破産者の支払停止の後に、これを知った根抵当権者が不動産登記法33条による仮登記仮処分命令を得て根抵当権設定仮登記をした場合には、破産管財人は、破産法74条1項によって右行為を否認することができるものと解するのが相当である。けだし、権利の変動について対抗要件を充足させる行為は、破産者の行為又はこれと同視すべきものに限り否認し得るものであるところ(最高裁昭和37年(オ)第374号同40年3月9日第三小法廷判決・民集19巻2号352頁参照)、仮登記仮処分命令を得てする仮登記は、仮登記権利者が単独で申請し、仮登記義務者は関与しないのであるが(不動産登記法32条)、その効力において共同申請による仮登記と何ら異なるところはなく、否認権行使の対象とするにつき両者を区別して扱う合理的な理由はないこと、実際上も、仮登記仮処分命令は、仮登記義務者の処分意思が明確に認められる文書等が存するときに発令されるのが通例であることなどにかんがみると、仮登記仮処分命令に基づく仮登記も、破産者の行為があった場合と同視し、これに準じて否認することができるものと解するのが相当であるからである。」

福岡高判H26.3.27(破産) 登記官の職権による登記の更正は、対抗要件否認の対象にならないとした裁判例

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破産管財人Xが、破産者甲所有の不動産に対して抵当権を有するYに対して、当該抵当権設定登記についてなれた債権額1710円から1710万円とする更正が、対抗要件否認に該当するとして否認登記手続を認めて提訴しました。第1審は否認を認めなかったためXが控訴しましたが、本判決も「本件更正登記は、不動産登記法67条により、職権による登記の更正としてなされたものであり、権利変動の原因となる法律行為を前提としてされたものではないだけでなく、破産者の行為又はこれと同視すべきものでないことは明らかである。」などとして、否認を認めませんでした。

2 執行行為否認(破産法165条)

⑴ 内容

特別な否認の類型ではなく、債権者の行為が、債務名義や執行行為に基づくものであっても、否認の対象となることを確認した規定です。

最判H29.12.19(破産) 第三債務者が、差押債務者(後の破産者)に対して弁済をした後に、さらに差押債権者に対しても更に弁済(=第三債務者が二重弁済)をした場合、当該差押債務者が破産手続開始の決定を受けたとき、差押債権者に対する弁済は破産法162条1項の規定による否認権行使の対象とならないとした判例

裁判例を確認する
第三債務者A(破産者の勤務先)が、破産者甲の給料債権について差押命令の送達を受けた後も、その全額を甲に弁済していたところ、差押債権者Yが差押分の弁済ととしてAから弁済を受けた(Aは二重弁済したことになる)。破産者甲の破産管財人Xが、Yに対し、破産法162条1項1号イの規定により、その取立てによる弁済を否認して、YがAから受領した金銭に相当する金額等の支払を求めたのが本件です。本判決は以下のように説示して、Xの請求を認めませんでした。
「破産法162条1項の『債務の消滅に関する行為』とは、破産者の意思に基づく行為のみならず、執行力のある債務名義に基づいてされた行為であっても、破産者の財産をもって債務を消滅させる効果を生ぜしめるものであれば、これに含まれると解すべきである(最高裁昭和38年(オ)第916号同39年7月29日第二小法廷判決・裁判集民事74号797頁参照)。しかるに、債権差押命令の送達を受けた第三債務者が、差押債権につき差押債務者に対して弁済をし、これを差押債権者に対して対抗することができないため(民法481条1項参照)に差押債権者に対して更に弁済をした後、差押債務者が破産手続開始の決定を受けた場合、前者の弁済により差押債権は既に消滅しているから、後者の弁済は、差押債務者の財産をもって債務を消滅させる効果を生ぜしめるものとはいえず、破産法162条1項の『債務の消滅に関する行為』に当たらない。
 したがって、上記の場合、第三債務者が差押債権者に対してした弁済は、破産法162条1項の規定による否認権行使の対象とならないと解するのが相当である。」

⑵ 認められる場合の検討

詐害行為否認のうち、破産者の主観(詐害意思)が問題となる否認類型については、破産者が執行を招致したか、破産者が自ら弁済をすれば悪意が認定できるような状況が必要であると解されます(最判S37.12.6)。

一方、偏頗弁済否認のように、破産者の主観は問題とならない否認類型は、そのような状況は不要と解されます(最判S48.12.21)。

最判S48.12.21(破産)

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「破産法72条2号の債務消滅に関する行為とは、破産者の意思に基づく行為のみにかぎらず、債権者が同法75条の強制執行としてした行為であつて破産者の財産をもつて債務を消滅させる効果を生ぜしめる場合を含むものと解すべきであり(当裁判所昭和38年(オ)第916号同39年7月29日第二小法廷判決・裁判集民事74号77頁参照。)、この場合には、破産者が強制執行を受けるについて害意ある加功をしたことを必要としないものと解するのが相当である。」