このページは、民事留置権について説明しています。
民事留置権の内容(効力)、成立要件、実行方法、倒産時の扱いなどについてまとめています。
1 民事留置権の条文、効果
⑴ 条文
民法295条
1項 他人の物の占有者は、その物に関して生じた債権を有するときは、その債権の弁済を受けるまで、その物を留置することができる。ただし、その債権が弁済期にないときは、この限りでない。
2項 前項の規定は、占有が不法行為によって始まった場合には、適用しない。
⑵ 要点(効果)
留置的効力を有します(民法295条1項)が、優先弁済権はありません。
ただし、留置権者は、留置権による形式競売が可能です(民事執行法195条:留置権による競売及び民法、商法その他の法律の規定による換価のための競売については、担保権の実行としての競売の例による。)。換価金の返還債務と債権とを相殺するなどの方法により、事実上の優先弁済を受けることが可能です。
なお、留置物が不動産の場合、留置物が売却された際に、買受人はまず留置権の被担保債権を弁済しなければならないとされています(民事執行法59条4項、188条)。
2 成立要件
民事留置権の成立要件は以下のとおりです(民法295条)。
成立要件 | 留意点 |
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「他人の」物の「占有」 | 「他人の」について:債務者の物でなくてよいとされています(名古屋高判S46.11.2)。
名古屋高判S46.11.2:第三者の所有物につき、民法上の留置権を認めた裁判例裁判例の詳細を見る Xは甲に自動車を割賦販売で所有権留保売買したが、甲が倒産して代金を支払わなかったためXは売買契約を解除しました。ところが、甲は、Yに自動車の修理を依頼して、Yが自動車を占有していたことから、XはYに対し、自動車の引渡しを請求して提訴したところ、Yは甲に対する修理代金債権に基づく留置権を主張して争いました。 本判決は、「Xは本件自動車の所有権はXに留保されていたからXの承諾なくしてなされた修理はXに対して不法行為を構成しその占有は不法に始まったものであるから留置権は成立しないという趣旨の主張をなしているが、その物に関して生じた債権担保のため物権として認められている民法上の留置権の成立には商法上の留置権の成立と異り債務者の所有物たることを要せず又留置権は物権であるから何人にも主張できるものである。しかも、・・・修繕は自動車の保存管理上必要なことで買主はそれをなす自由を有するものと解されるので修繕がXに対する関係において不法なものとはいえない。従って、この点に関するXの主張は採用できない。」として、修理代金の支払と引き換えに当該自動車の引渡しを命ずる引換給付判決をしました。
「占有」について:直接の占有が必要とされています(東京地判H12.11.14、東京地判H13.3.28、名古屋高判H14.6.28)。
東京地判H12.11.14 トランクルーム業者による直接の占有が否定された事例
裁判例の詳細を見る Xは甲に対する執行力のある和解調書の正本を有していたことから、同和解調書に基づく強制執行として、甲が倉庫業者Yとの間で締結したトランクルーム契約に基づく動産の引渡請求権を差し押さえたところ、Yが甲に対する未払い倉庫料を被担保債権とする留置権を主張して引渡しを拒んだため、XがYに取立訴訟を提起しました。 本判決は「民法295条の留置権は、その目的物の権利者への占有の移転を拒み、目的物の占有を継続することを内容とする権利であるから、留置権が成立する占有は、権利者が個々の目的物の引渡しを請求し、又は占有を移転しようとする場合において留置権の存在を主張し、その引渡しを拒むことができる態様のものでなければならない。これを本件について見るに、Yの本件貸倉庫の目的物に対する占有は、その全体についての包括的な占有にとどまり、Yは、本件貸倉庫の内容物である個々の動産について直接的な占有を有せず、利用者がいかなる物品を貸倉庫に収納し、又は取り出したかを知らず、利用者から所定の手続に従った請求がある限り、その内容物の取出しを拒絶することができないものであるから、利用者が本件貸倉庫の内容物である個々の目的物を取り出し、その占有を移転しようとするのに対し、これを拒むことができないものである。したがって、右のような態様の占有をもって、前記のような留置権が成立する占有に該当するものということはできない。」として留置権の成立を否定しました。 東京地判H13.3.28 占有が転々と変遷(執行妨害と認定されている)していることを理由に留置権の成立を否定した事例裁判例の詳細を見る Xは、甲所有の土地建物を不動産競売手続により競落して所有権を取得し、執行官に保管を命ずる保全処分決定を得たうえで、執行官から建物の引渡を受けました。Xは、建物を占有していたY(正確には被告は複数存するが、事案を簡単にするため単独で記載。判決文のD、Eは被告である。)に賃料相当損害金を請求したところ、Yが、甲に対する建物内装工事の請負契約に基づく代金債権を被担保債権とした留置権を有するのにもかかわらず、Xが当該留置権を侵害したとして不法行為に基づく損害賠償請求の反訴を提起しました。 本判決は、「Bは、当初、本件建物を占有していたが、Cが平成10年2月25日以前に本件建物を占有するに至り、本件建物の地下1階部分は、Cが遅くとも平成10年2月25日から平成11年11月29日まで継続してこれを占有していたが、1階ないし3階部分は、平成11年11月9日当時はD及びEが、同月29日当時はYがこれを占有し、その後、Yは、同年12月8日まで本件建物の1階ないし3階部分を継続して占有していたということになる。すなわち、BからCに対し、本件建物の占有が移転されたのが平成10年2月25日以前であり、CからD及びEに対し、本件建物の1階ないし3階部分の占有が移転されたのは、平成10年4月1日から平成11年11月9日までの間であり、また、D及びEからYに右占有が移転されたのが11月9日から同月29日までの間であるということができる。そうすると、・・・Yが平成9年4月中旬以降、本件建物を継続して占有してきたとは到底認めることができない。・・・、留置権の主張はその前提要件を欠くことになる。」とした。 名古屋高判H14.6.28 パークロックシステムの駐車場経営会社に、駐車場料金等を被担保債権として、自動車に対する占有が認められた事例
裁判例の詳細を見る レンタカー業者であるXが、甲に自動車を賃貸したところ、甲がこれをY経営のパークロックシステムの無人駐車場に放置したため、XがYに当該自動車の引渡しを求めたのに対し、Yが甲に対する駐車料金等請求権を被担保債権とする留置権を主張してこれを拒みました。 第1審はYの留置権の主張を認めたためXが控訴したところ、本判決は「甲がYの管理する椿町駐車場に本件自動車を駐車させ、当該駐車スペース出入り口のロック板が立ち上がり、同自動車が同駐車スペース内に固定された時点から、駐車料金の支払がなされるまで、継続的に甲やその他の者による同自動車の搬出、移動ができない状態にしたものであると認められるので、その間、本件自動車は、同駐車場の管理者であるYの事実的支配下にある状態となったと解せられ、同状態は、占有の要件である所持といえる。そして、Yは、駐車料金の支払を得るために本件自動車を所持するものであるから、その所持は、自己のためにする意思に基づくものであることが明らかである。・・・Yは、本件自動車につき、上記駐車料金等の請求権を被担保債権とする留置権を有するものと認められる。」と説示しました。 |
物と被担保債権との牽連性 | 「その物に関して生じた債権を有するとき」 |
弁済期の到来 | 債権が弁済期にあること。 |
消極的要件 | 不法行為によって始まっていないこと(民法295条2項)。 |
3 実行方法
⑴ 競売 (民事執行法195条)
民事執行法195条
留置権による競売及び民法、商法その他の法律の規定による換価のための競売については、担保権の実行としての競売の例による。
これは形式競売ですが、換価金の返還債務と債権とを相殺するなどの方法により、事実上の優先弁済を受けることが可能となります。
なお、留置権に基づく競売をするためには、担保権の存在を証する書面が必要です(民事執行法181条1項、190条2項、189条、執行規則176条1項など)。(参考判例:最判H18.10.27)
最判H18.10.27:民事留置権について、「担保権の存在を証する確定判決」(民事執行法181条1項)の内容が問題となった事例
裁判例の詳細を見る
XがYに対する駐車場契約に基づく駐車料金の支払請求認容判決に基づき、Yの自動車を目的とする留置権による競売を申し立てたのに対し、当該判決が民事執行規則176条2項により登録自動車を目的とする担保権の実行としての競売に準用される民事執行法181条1項1号の「担保権の存在を証する確定判決」に当たるかが問題となりました(当該判決には,競売の対象となっている自動車の駐車により駐車料金が発生した事実は認められていますが、Xが当該自動車を占有しているという事実までは認定されていませんでした)。
本決定は、「民事執行法181条1項は、担保権の存在を同項所定の法定文書によって証すべき旨を規定するところ、民法上の留置権の成立には、〈1〉債権者が目的物に関して生じた債権を有していること(目的物と牽連性のある債権の存在)及び〈2〉債権者が目的物を占有していること(目的物の占有)が必要である。・・・、登録自動車を目的とする留置権による競売においては、執行官が登録自動車を占有している債権者から競売開始決定後速やかにその引渡しを受けることが予定されており、登録自動車の引渡しがされなければ、競売手続が取り消されることになるのであるから(民事執行法195条、民事執行規則176条2項、95条、97条、民事執行法120条参照)、債権者による目的物の占有という事実は、その後の競売手続の過程においておのずと明らかになるということができる。留置権の成立要件としての目的物の占有は、権利行使時に存在することが必要とされ、登録自動車を目的とする留置権による競売においては、上記のとおり、競売開始決定後執行官に登録自動車を引き渡す時に債権者にその占有があることが必要なのであるから、民事執行法181条1項1号所定の『担保権の存在を証する確定判決』としては、債権者による登録自動車の占有の事実が主要事実として確定判決中で認定されることが要求されるものではないと解すべきである。したがって、登録自動車を目的とする民法上の留置権による競売においては、その被担保債権が当該登録自動車に関して生じたことが主要事実として認定されている確定判決であれば、民事執行法181条1項1号所定の『担保権の存在を証する確定判決』に当たると解するのが相当である。」として、Xの請求を認めました。
⑵ 特約による処分
銀行取引約定書等で、留置権者に留置物の処分権等を付与している場合には、原則として金融機関は特約による処分等が可能だと考えられます。
4 留置権が消滅する場合
以下の場合、留置権は消滅します。
留置権消滅請求(民法298条3項) | 留置権者は占有につき善管注意義務を負っています(民法298条1項)。また、債務者の承諾を得なければ留置物を使用等できません(民法298条2項)。留置権者がかかる義務に違反した場合、債務者は、留置権消滅請求をすることができます民法298条3項)。 |
占有を失った場合 | 留置権は、担保権者が占有を失うことによって消滅します(民法302条本文)。 |
5 倒産時の取扱
倒産時の民事留置権の取扱は以下のとおりとなります。
破産法 | 民事留置権は効力を失います(破産法66条3項)。 管財人は目的物の引渡請求が可能となります。 |
民事再生法 | 別除権とは認められません(民事再生法53条。ただし破産法66条3項にある留置的効力を失うとの規定はありません)。 民事留置権者は、被担保債権全額について再生債権者としてのみ権利行使することになります。 |
会社更生法 | 更生担保権となりません(会社更生法2条10項。ただし破産法66条3項にある留置的効力を失うとの規定はありません)。 被担保債権全額について更生債権としてのみ権利行使ができます。 |