このページは、デベロッパー倒産時の商事留置権に関する論点の整理を行っています。

1 論点の整理

デベロッパーの破産時に問題となるのが、請負業者が建築請負代金を被担保債権として建設中建物に対する留置権が土地に及ぶか、土地に及ぶとしても、土地の抵当権者との優劣関係が論点となります。

まず、不動産(建物)に対する商事留置権が成立するか否かが問題となりますが、成立するとする裁判例が趨勢です。→で検討します。

次に建物に対する留置権が土地に及ぶか否かが問題となりますが、こちらは及ばないとする裁判例が多いようです。→で検討します。

最後に、仮に、請負業者の商事留置権の効力が土地に及ぶとしても、底地に設定されている銀行の抵当権と対抗関係に立つことなります。そして、建物建設は土地取得の後になるので、請負人は抵当権者に対抗できないとする裁判例が多いようです。→で検討します。

2 不動産(建物)に対する商事留置権が成立するか

否定裁判例もありますが(東京高判H8.5.28東京高決H22.7.26)、肯定裁判例が多かったところ(東京高裁H6.2.7、福岡地裁H9.6.11、以下の3や4の裁判例も肯定説を前提とします。)、最判H29.12.14は肯定説を取りました。

最判H29.12.14 不動産は、商法521条が商人間の留置権の目的物として定める「物」に当たるとした判例 

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XのYに対する土地を賃貸借が、Xの解除により終了したことから、XがYに対し、所有権に基づく土地の明渡し等を求めたところ、Yは、Xに対し、Xとの間の運送委託契約によって生じた弁済期にある運送委託料債権を被担保債権とする商法521条の留置権が成立すると主張して、請求を争ったのが本件です。不動産について留置権が成立するか否かが争点となり、本判決は以下のように説示してYの主張を認めました。
民法は、同法における『物』を有体物である不動産及び動産と定めた上(85条、86条1項、2項)、留置権の目的物を『物』と定め(295条1項)、不動産をその目的物から除外していない。一方、商法521条は、同条の留置権の目的物を『物又は有価証券』と定め、不動産をその目的物から除外することをうかがわせる文言はない。他に同条が定める「物」を民法における「物」と別異に解すべき根拠は見当たらない。
 また、商法521条の趣旨は、商人間における信用取引の維持と安全を図る目的で、双方のために商行為となる行為によって生じた債権を担保するため、商行為によって債権者の占有に属した債務者所有の物等を目的物とする留置権を特に認めたものと解される。不動産を対象とする商人間の取引が広く行われている実情からすると、不動産が同条の留置権の目的物となり得ると解することは、上記の趣旨にかなうものである。
 以上によれば、不動産は、商法521条が商人間の留置権の目的物として定める『物』に当たると解するのが相当である。

3 不動産に対する商事留置権が認められるとして、建築中の建物に対する留置権の効力が土地に及ぶか

肯定裁判例(東京高決H6.2.7、東京高決10.11.27)もありますが、否定裁判例(東京高決H6.12.19、大阪高判H10.4.28、東京高決H10.6.12、東京高決H10.12.11)が多いです。

 肯定した裁判例       東京高決H6.2.7
東京高決H10.11.27(破産)
否定した裁判例大阪高判H10.4.28
東京高決H10.6.12
東京高決H10.12.11
東京高決H6.12.19(ただし、基礎工事の段階)
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「建物の建築工事を請け負った者がその敷地を使用する権原は、別段の約定が交わされない限りは、右建築工事施工のために必要な敷地の利用を限度とするのが契約当事者間の合理的な意思に沿うものと解すべきであって、本件において、これと異なる別段の約定は認めがたいから、請負業者の本件土地の使用権原も右を限度とするものと解すべきであるところ、右のような建築工事の施工という限られた目的のための占有をもって、未だ基礎工事の中途段階で建物の存在しない状況にある敷地について、建物建築請負代金のための留置権成立の根拠とするのは、契約当事者の通常の意思と合致せず、債権者の保護に偏するものというべきであって、必ずしも公平に適わないといわなければならない。また、請負業者と注文者との建築工事請負契約は、金融機関の本件根抵当権設定登記後に締結され、これに基づき右占有が開始されたものであるから、請負業者は右占有の権原を抗告人に主張することはできず、したがって、抗告人との関係では、右占有は不法占有と解すべきであるから、この点からも、本件競売手続において、請負業者は商事留置権を主張することはできないものと解すべきである。」


4 請負業者の商事留置権の効力が土地に及ぶとして、底地に設定されている銀行の抵当権との優劣について

請負業者の商事留置権の効力が土地に及ぶとしても、底地に設定されている銀行の抵当権と対抗関係に立つことなります。そして、通常、建物建設は土地取得の後になるので、請負人の留置権は抵当権者に対抗できない(劣後する)とする裁判例が多いです(福岡地判H9.6.11、東京高決H10.11.27大阪高決H23.6.7

福岡地判H9.6.11(破産):不動産に対する商事留置権を肯定したうえで、抵当権との関係で対抗問題となるとした裁判例

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破産者甲から宅地造成を請負った請負人Xが、底地の抵当権者Yに優先配当をした配当表に対して配当異議を申し出て、底地の抵当権者Yに対し配当異議の訴えを提起しました。
本判決は、「本件土地に対するXの占有がXと破産者の双方にとって商行為である本件宅地造成請負契約の締結によるものであることは、・・・のとおりであり、Xは本件商事留置権のその他の成立要件も充たしていると認められる」としてXの商事留置権は認めたものの「商事留置権が、平成3年7月11日の破産者の破産宣告によって特別の先取特権へと転化し、本件建物建築請負契約残代金の残額については同年8月28日の破産管財人による本件建物建築請負契約を解除する旨の意思表示により、右特別の先取特権の被担保債権として組み入れられたと認めることができる。・・・特別の先取特権の順位については、破産法93条1項後段が『この先取特権は他の特別の先取特権に後る。』とするほかに何らの規定も存しないのであるから、商事留置権の転化した特別の先取特権と根抵当権の優劣については、物権の優劣関係に関する一般原則たる対抗要件理論により判断すべきであり、右特別の先取特権に転化する前の商事留置権が対抗要件を備えた時点と根抵当権設定登記が経由された時点の先後によって、その優劣を決するのが相当である。・・・破産者の破産財団の配当において、本件根抵当権者であるYは商事留置権者であるXに優先するというべきである。」としました。

東京高決H10.11.27建築中の建物に対する留置権の効力が土地に及ぶことを肯定したうえで、土地の抵当権との優劣関係は抵当権登記と留置権成立時で判断すべきとした裁判例

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非甲社に対する債権を被担保債権として銀行Xが抵当権を設定した土地の上に、甲社は建設会社Yと建物建設請負契約を締結し建物を建てていたところ、建物の外形がほぼ完成した時点で甲社につき破産手続開始決定がなされました。
甲社の破産管財人が当該土地を放棄したため、Xは競売を申し立てたところ、Yは土地に対する商事留置権を主張し、執行裁判所がYの土地に対する商事留置権を認め、剰余を生じる見込みがないとして競売手続を取り消しました。そこで、Xが執行抗告をしたところ、以下のとおり判示して、本決定は原決定を取り消しました。
「Yの商事留置権について検討するに、Yは、本件請負契約に基つく・・・報酬等の債権を有している一方、前記のとおり本件請負契約に基づいて本件七建物を占有しているので、同建物について商事留置権を取得したものと認められる(なお、商法521条は、商事留置権の成立する「債務者所有の物」を動産に限定していないから、不動産である本件七建物にも商事留置権が成立するものと解する。)。・・・Yは同土地についても商事留置権を取得したと認めることができる。・・・甲社が破産宣告を受けたため、破産法93条1項の規定により右各商事留置権は破産財団に対して特別の先取特権とみなされることとなった(右各商事留置権の成立の時期は、前記解除の意思表示によりYが本件請負契約に基づく報酬等の請求権を取得した時期と解されるが、その前に甲社が破産宣告を受けているため、その成立と同時に右のように特別の先取特権とみなされることになったと解すべきであろう。)。
もっとも、その結果として商事留置権者の目的物件に対する留置権能が失われるか否かについては、破産宣告によって商事留置権者の留置権能を消滅させる旨の明文の規定はなく、破産法93条1項の文言も当然には商事留置権者の有していた留置権能を消滅させることを意味するものとは解されないことから、さらに検討を要するものと考えられる。しかし、同条の趣旨は、商事留置権を特別の先取特権(破産法92条により別除権とされる。)とみなすことにより、商事留置権の担保的機能を維持しつつ破産管財人による当該物件の管理及び換価を容易ならしめ、もって破産手続の円滑な遂行を図ることにあり、また商事留置権者が法律で定められた方法により特別の先取特権を実行するについては、特に目的物を留置している必要はないことからすれば、破産宣告後において商事留置権者が当該物件を留置していなければならない合理的理由はなく、したがって、原則として破産宣告により商事留置権者の目的物に対する留置権能及び使用収益権能は失われると解するのが相当である。・・・前記破産法93条1項は、右特別の先取特権が他の特別の先取特権に後れる旨規定するだけで、抵当権との関係については何ら触れておらず、いずれを優先させるベきかを明示した法律上の規定もない。しかし、前記のとおり商事留置権をほかの担保物権に優先させるべき実質的理由が見あたらず、商事留置権から転化した特別の先取特権についても同様である上、商事留置権から転化した特別の先取特権も法定の担保物権であることに照らせば、この特別の先取特権とほかの担保物権との優劣の関係は、公示制度と、対抗要件の具備により権利の保護と取引の安定を調和させるとする担保物権の法理により解決すべきである。
 以上のとおりであるから、商事留置権から転化した特別の先取特権と抵当権との優劣関係は、物権相互の優劣関係を律する対抗関係として処理すべきであり、特別の先取特権に転化する前の商事留置権が成立した時と抵当権設定登記が経由された時との先後によって決すべきである。

大阪高決H23.6.7

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債務者YはX銀行に対する債務を担保するために自己所有の土地に抵当権を設定していましたが、一方で工事請負業者甲に当該土地の上に建物の建築を依頼しました。Yが請負代金を支払わなかったため、建物の所有権は請負業者にあった(甲が材料を拠出していた)が、かかる状況で、Xが土地建物につき民法389条に基づき一括競売申立をしたところ、第1審が甲の土地に対する留置権を認め土地については無剰余であるとして競売手続きを取り消したため、Xが抗告をしました。
本決定は、請負業者甲の土地に対する留置権は認められるとしたものの、「本件のように、更地に抵当権の設定を受けて融資しようとする者が、将来建築されるかもしれない建物の請負業者から土地について商事留置権を主張されるかもしれない事態を予測し、その被担保債権額を的確に評価した上融資取引をすることは不可能に近く、このような不安定な前提に立つ担保取引をするべきであるとはいえない。不動産の商事留置権が、不動産に対する牽連性を必要としないことから、第三者に不測の損害を及ぼす結果となることは、担保法全体の法の趣旨、その均衡に照らして容認し難いというべきである。したがって、抵当権設定登記後に成立した不動産に対する商事留置権については、民事執行法59条4項の『使用及び収益をしない旨の定めのない質権』と同様に扱い、同条2項の『対抗することができない不動産に係る権利の取得』にあたるものとして、抵当権者に対抗できないと解するのが相当である」として、原決定を取り消しました。