このページは、商事留置権について説明しています。
商事留置権の内容(効力)、成立要件、実行方法、倒産時の扱いなどについてまとめています。
1 留置権の内容
⑴ 条文
第524条
商人間においてその双方のために商行為となる行為によって生じた債権が弁済期にあるときは、債権者は、その債権の弁済を受けるまで、その債務者との間における商行為によって自己の占有に属した債務者の所有する物又は有価証券を留置することができる。ただし、当事者の別段の意思表示があるときは、この限りでない。
⑵ 要点
留置的効力を有します(商法524)が、優先弁済権はありません。
ただし、留置権者は、留置権による形式競売が可能です(民事執行法195条:留置権による競売及び民法、商法その他の法律の規定による換価のための競売については、担保権の実行としての競売の例による。)。換価金の返還債務と債権とを相殺するなどの方法により、事実上の優先弁済を受けることが可能です。
なお、留置物が不動産の場合、留置物が売却された際に、買受人はまず留置権の被担保債権を弁済しなければならないとされています(民事執行法59条4項、188条)。
2 成立要件
商事留置権の成立要件を整理すると以下のとおりです。
要 件 | 参考裁判利例/留意点等 |
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当事者双方が商人であること。 | |
被担保債権が当事者双方にとって商行為になる行為から生じたこと | 東京地判H11.2.25:銀行が錯誤に乗じて占有を得た手形につき、商事留置権の成立を否定した事案
裁判例の詳細を見る 資金繰りに窮していた甲社(破産者)は、メインバンクの一つであったY銀行に手形割引を申し込み、応諾を得られたことから、手形を渡しました。なお、Yは甲社の資金繰りが厳しいことを概要把握していたとされています。ところが、予定日に割引は実行されず、甲社が、割引の実行を求めたところ、Y担当者は、次の手形期日である4日後に手形不渡りが出ないことの確認が取れなければ割引は実行できないと主張し、押し問答の末、甲社は手形の返却を求めましたが、Yは手形を返却することを拒絶しましたた。結局、甲社の破産手続開始後、破産管財人XがYに対し手形金相当額の支払を求めて提訴したのに対し、Yは商事留置権の成立を主張して争いました。 本判決は「本件各手形の占有は、自行の債権保全を計ろうとするYにより、速やかに割引が受けられるとの甲社の錯誤に乗じて、不法に取得されたものであり、正当な商行為によってYの占有に帰したものとはいえず、本件各手形について商事留置権は生じない。」として商事留置権の成立を否定しました。 |
留置物が債務者所有の物又は有価証券であること。 | 東京高決S56.12.24:留置物が附合したことにより、債務者所有物といえないとされた事例
裁判例の詳細を見る 宅地造成工事の請負人である甲に対してセメントなどの造成工事用の資材につき売掛債権を有するXが、留置権を有するとして宅地所有者(宅地造成工事の注文者)であるYに対して、留置権妨害禁止の仮処分を求めて提訴しましたた。 本決定は、「Xが甲に売渡した造成工事用の材料(動産)は、甲がY所有の本件係争地について施行した宅地造成工事の結果、本件係争地に附合してこれと一体化し、もはや動産としての独立性を完全に喪失し、いわゆる土地の定着物としてYの所有に帰するに至ったものというべきであり、従って仮に本件係争地(及びその定着物)につきXの占有を肯定したとしても、その占有する『物』は『債務者』甲『所有ノ物』でないことが明らかであるから、これにつきXが商事留置権(商法五二一条)を取得する余地は全くないといわなければならない。」として商事留置権の成立が否定されました(なお民事留置権の成立も否定されています)。
上場会社の場合株券が存しないため(「社債、株式等の振替に関する法律」)、留置権が成立するかが論点となっています。まだ、議論中のようです。 |
留置物が商行為によって、債権者の占有となったこと。 | |
被担保債権の弁済期が到来していること。 | |
3 実行方法
⑴ 競売 (民事執行法195条)
民事執行法195条
留置権による競売及び民法、商法その他の法律の規定による換価のための競売については、担保権の実行としての競売の例による。
これは形式競売ですが、換価金の返還債務と債権とを相殺するなどの方法により、事実上の優先弁済を受けることが可能となります。
なお、留置権に基づく競売をするためには、担保権の存在を証する書面が必要です(民事執行法181条1項、190条2項、189条、執行規則176条1項など)。(参考判例:最判H18.10.27)
最判H18.10.27:民事留置権について、「担保権の存在を証する確定判決」(民事執行法181条1項)の内容が問題となった事例
裁判例の詳細を見る
XがYに対する駐車場契約に基づく駐車料金の支払請求認容判決に基づき、Yの自動車を目的とする留置権による競売を申し立てたのに対し、当該判決が民事執行規則176条2項により登録自動車を目的とする担保権の実行としての競売に準用される民事執行法181条1項1号の「担保権の存在を証する確定判決」に当たるかが問題となりました(当該判決には,競売の対象となっている自動車の駐車により駐車料金が発生した事実は認められていますが、Xが当該自動車を占有しているという事実までは認定されていませんでした)。
本決定は、「民事執行法181条1項は、担保権の存在を同項所定の法定文書によって証すべき旨を規定するところ、民法上の留置権の成立には、〈1〉債権者が目的物に関して生じた債権を有していること(目的物と牽連性のある債権の存在)及び〈2〉債権者が目的物を占有していること(目的物の占有)が必要である。・・・、登録自動車を目的とする留置権による競売においては、執行官が登録自動車を占有している債権者から競売開始決定後速やかにその引渡しを受けることが予定されており、登録自動車の引渡しがされなければ、競売手続が取り消されることになるのであるから(民事執行法195条、民事執行規則176条2項、95条、97条、民事執行法120条参照)、債権者による目的物の占有という事実は、その後の競売手続の過程においておのずと明らかになるということができる。留置権の成立要件としての目的物の占有は、権利行使時に存在することが必要とされ、登録自動車を目的とする留置権による競売においては、上記のとおり、競売開始決定後執行官に登録自動車を引き渡す時に債権者にその占有があることが必要なのであるから、民事執行法181条1項1号所定の『担保権の存在を証する確定判決』としては、債権者による登録自動車の占有の事実が主要事実として確定判決中で認定されることが要求されるものではないと解すべきである。したがって、登録自動車を目的とする民法上の留置権による競売においては、その被担保債権が当該登録自動車に関して生じたことが主要事実として認定されている確定判決であれば、民事執行法181条1項1号所定の『担保権の存在を証する確定判決』に当たると解するのが相当である。」として、Xの請求を認めました。
⑵ 特約による処分
銀行取引約定書等で、留置権者に留置物の処分権等を付与している場合には、原則として金融機関は特約による処分等が可能だと考えられます。
4 留置権が消滅する場合
以下の場合、留置権は消滅します。
留置権消滅請求(民法298条3項) | 留置権者は占有につき善管注意義務を負っています(民法298条1項)。また、債務者の承諾を得なければ留置物を使用等できません(民法298条2項)。留置権者がかかる義務に違反した場合、債務者は、留置権消滅請求をすることができます民法298条3項)。 |
占有を失った場合 | 留置権は、担保権者が占有を失うことによって消滅します(民法302条本文)。 |
5 倒産時の取扱
倒産時の商事留置権の取扱は以下のとおりとなります。
⑴ 破産手続における取扱
商事留置権は、特別の先取特権と同様の効力が認められます(破産法66条1項)ので競売の申立が可能です(民事執行法180条、181条1項、188条、189条、190条、193条1項)。
より詳細な取扱や裁判例などは以下のリンク先に記載があります。
⑵ 民事再生手続における取扱
別除権として扱われます(民事再生法53条1項)。別除権ですので、再生手続開始後であっても、形式競売の申立は可能です(民事執行法195条)。ただし競売の結果、目的物の換価代金を受け取っても、優先弁済権はありません。
参考判例 最判H23.12.15(再生):取立委任手形の取立金に対する商事留置権及び、弁済充当を認めた判例
裁判例の詳細を見る
Xは、Y銀行に対して銀行取引約定書を差し入れ、借入れを行っていたところ、受取手形を取立委任のためにYに裏書譲渡をしていた状態で、Xは民事再生手続開始決定を受けました。Yは、Xの民事再生手続開始決定後に当該手形を取り立て、Xに対する債権の弁済に充当したため、Xは、不当利得返還請求権に基づき手形取立金の返還を求めて訴えを提起をしました。第1審、控訴審がXの請求を認容したためYが上告したところ、本判決は、原判決を破棄し以下のように説示し、Xの請求を棄却しました。
「留置権は、他人の物の占有者が被担保債権の弁済を受けるまで目的物を留置することを本質的な効力とするものであり(民法295条1項)、留置権による競売(民事執行法195条)は、被担保債権の弁済を受けないままに目的物の留置をいつまでも継続しなければならない負担から留置権者を解放するために認められた手続であって、上記の留置権の本質的な効力を否定する趣旨に出たものでないことは明らかであるから、留置権者は、留置権による競売が行われた場合には、その換価金を留置することができるものと解される。この理は、商事留置権の目的物が取立委任に係る約束手形であり、当該約束手形が取立てにより取立金に変じた場合であっても、取立金が銀行の計算上明らかになっているものである以上、異なるところはないというべきである。
したがって、取立委任を受けた約束手形につき商事留置権を有する者は、当該約束手形の取立てに係る取立金を留置することができるものと解するのが相当である。
そうすると、会社から取立委任を受けた約束手形につき商事留置権を有する銀行は、同会社の再生手続開始後に、これを取り立てた場合であっても、民事再生法53条2項の定める別除権の行使として、その取立金を留置することができることになるから、これについては、その額が被担保債権の額を上回るものでない限り、通常、再生計画の弁済原資や再生債務者の事業原資に充てることを予定し得ないところであるといわなければならない。このことに加え、民事再生法88条が、別除権者は当該別除権に係る担保権の被担保債権については、その別除権の行使によって弁済を受けることができない債権の部分についてのみ再生債権者としてその権利を行うことができる旨を規定し、同法94条2項が、別除権者は別除権の行使によって弁済を受けることができないと見込まれる債権の額を届け出なければならない旨を規定していることも考慮すると、上記取立金を法定の手続によらず債務の弁済に充当できる旨定める銀行取引約定は、別除権の行使に付随する合意として、民事再生法上も有効であると解するのが相当である。このように解しても、別除権の目的である財産の受戻しの制限、担保権の消滅及び弁済禁止の原則に関する民事再生法の各規定の趣旨や、経済的に窮境にある債務者とその債権者との間の民事上の権利関係を適切に調整し、もって当該債務者の事業又は経済生活の再生を図ろうとする民事再生法の目的(同法1条)に反するものではないというべきである。
したがって、会社から取立委任を受けた約束手形につき商事留置権を有する銀行は、同会社の再生手続開始後の取立てに係る取立金を、法定の手続によらず同会社の債務の弁済に充当し得る旨を定める銀行取引約定に基づき、同会社の債務の弁済に充当することができる。」
⑶ 会社更生手続における取扱
更生担保権として扱われます(会社更生法2条10項)。
⑷ デベロッパー倒産時の論点
デベロッパーの倒産時に問題となるのが、請負業者が建築請負代金を被担保債権として建設中建物に対する留置権が土地に及ぶか、土地に及ぶとしても、土地の抵当権者との優劣関係が論点となります。
まず、不動産(建物)に対する商事留置権が成立するか否かが問題となりますが、成立するとする裁判例が趨勢です。
次に建物に対する留置権が土地に及ぶか否かが問題となりますが、こちらは及ばないとする裁判例が多いようです。
最後に、仮に、請負業者の商事留置権の効力が土地に及ぶとしても、底地に設定されている銀行の抵当権と対抗関係に立つことなります。そして、建物建設は土地取得の後になるので、請負人は抵当権者に対抗できないとする裁判例が多いようです。
これらの論点については、以下のリンク先にまとめましたので、ご参照ください。